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「結局、過去に来たのに何も変えなかった気がするけれど、構わないのかい?」
「――ああ、構わないよ。何も変わらないけれど、変わったものもあるから」
僕は父のことを知らなかった。親族から聞かされた話では、父と母は出来ちゃった婚だった。確かに結婚記念日から僕の誕生日の間の日数は随分と足りない。そういうこともあったし、日々苦労する母のことを見ていると、父のことを無責任で甲斐性もない不誠実な男――という風にさえ思っていた。
まぁ、その辺りは大学生の彼の言葉を聞いた今でも完全に払拭された訳ではないのだけれど。それでもなんだか父の思いは伝わってきて、僕の気持ちは奮い立たされた。
「時間だよ、優人。――二〇年後に戻るけど。いいかい?」
「あぁ、頼むよ、ウルド」
やがてウルドを中心に青い光の球が大きく浮かび上がる。
それは僕らベンチに座る僕ら二人を包み込んだ。
「未来は何も変わらない。典型的なX世界線に君は還る。父親は死んでいて、母親は苦しい日々にもがいている。そして女神様に与えられた一回きりのチャンスを使って何も過去を変えられなかった少年が居る。――そんな君が、未来に戻って、いったい何をするんだい?」
時を超えて人を運ぶ運命の光球を両手で広げながら、ウルドは僕を見ずにそう尋ねた。
いつか母が言っていた。僕の名前は死んだ父親がつけてくたのだと。身近な人が困った時に、助けてあげられる優しい人になって欲しいと。
その本当の意味が――今ならわかる気がする。
「――僕が母さんを守るよ。全力でね!」
自分が居なくなることで母の負担を減らすことを考えていた。
でも、それは僕の道ではないのだ。
父の代わりに母を助けて、幸せな未来を切り拓いていく。
それこそが自分自身が生まれた意味なのだと知った。
「じゃあ、戻るよ。X世界線へ!」
「あぁ、よろしく頼むよ、ウルド。……母の子供として生まれることができて、父はいなくてもその意思を継いで、一生懸命に頑張ることができる。そんな素晴らしい世界線はないよ! ――その先の未来は、僕自身の意思で変えてみせる」
やがて光球が収束する。
青い球に包まれて、その向こうに見えるJR山科駅からの風景がフェードアウトすしていく。
そんな中で、隣のウルドと目が合った。美しい褐色肌に浮かんだ大人びた笑顔は、妖艶でいてどこか満足気。掠れ行く景色の中で赤い唇が踊り、最後の声が聞こえた気がした。
『――君は父親に似ている!』
母さんと暮らす福井の家に帰ったら、ただ「ただいま」と言おう。
二〇年後の世界に跳ぶ瞬間。僕はそんなことを考えていた。
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