父は久遠

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「君のその感情は、幻に過ぎない」 「は」  なんてことを言うのだろう。好きと言い続けてもこの人には一ミリも伝わらなかったのか。  けれど、どうやら違うみたいだ。彼はすごく悲しそうに苦しそうに話してくれた。 「違う、聞いてくれ。皆、そうなるんだ」 「どういうこと?」 「私は年をとらない。14のある日、突然私の中で何かが変わってしまった。成長しない私を、年をとらない私を家族は一族はなぜか受け入れてくれたのだ」  私は運が良かった。財で成した一族の敷地の中でしか生きられなかったが、奇異な目で見られることも閉じ込められることもなかった。そう、最初は思った。 「でも、孫もひ孫も、お手伝いさんも皆、私の存在を受け入れるのだ。おかしいだろ? こんな何十年も変わらない姿でいる私を」  そこで気づいたのだ。あぁ、私が皆の意識を狂わせているのだと。 「ただ、可哀想とだけ言われたよ。その意味がわかったのは、私の同世代の者たちを見送る日々が続いた時だ。そうか。私は見送るだけなのだ。一緒に死ねないし、しかも私と一緒にいると、皆私の存在を受け入れてしまうんだ」  新しくきたお手伝いさんも最初は戸惑っていたのに、数日経てば私のことをおかしいとは思わなくなる。 「病だと思って原因を調べても、普通の14歳の男児と変わりはないと言われた」  こんなに理から外れているのに。  それからは息を潜めて過ごした。なるべく一族とも関わらないように。そしてずっとずーっと、見送る側だ。  戦争で一面が焼け野原になって、ほとんど何もない状態だったが、子孫と力を合わせて生き抜いてきた。  そして成長した皆を見送り、離れて暮らすことにした。 「人と関わることを極力避けて生きていかないと、自分のこの姿がおかしいとは思わなくなるんだ。だからずっと避けてきた。君のその感情は僕のせいだ」  すまない。そういって小さな子供のように泣くのだ。 「で?」 「……」  私は怒っていた。怒りに任せて言いたいことを口に出す。 「ねぇ、きくけど、貴方のこと好きだと言った人はいたの? 家族以外に愛してるって言ってくれた人は? 確かに貴方の存在に驚かなくはなった。でもそれは貴方がとても素敵な人だからよ。泣いている私を心配して声をかけてくれる優しい人だから好きになったのよ」  その気持ちが幻というのなら、今までの思い出も幻になる。でも現に目の前にいるのだ。 「ねぇ、ちゃんと私を見てよ。貴方が何者でもいいの。今の貴方が好きだから一緒に生きていきたいの!」  成長しない体に怯えないで、いなくなる悲しみに、見送る寂しさに、どうか埋もれてしまわないで。  私はこの人の前だと泣き虫になってしまうのよ。  ねぇ、自分をおかしいと責めるのはもうやめよう? 「ずっと、ずっと……なぜか死にたいとは思わなかった。『何か理由があってそうなったんだろう』と兄が言ってくれたから。ずっとその言葉が僕の生きる糧だった。でも、辛かった。兄の顔が……思い出せないんだ。好きだった人を忘れるのは辛い、苦しい。それでも君は、僕に前へ進めというのか」 「一緒に、よ。……ようやく好きっていってくれた」 「っ、好きだ。好きだよ……っ」  その日、初めて抱きしめあってずっと夜が明けるまで二人でワンワン泣いた。
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