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 メニューの中にはヤウデン風の料理もある。しかしこれは、あくまでルクウンジュ人好みの味になっている、まさしく「ヤウデン風」でしかない代物で、実際のヤウデン料理とは似て非なるものだった。  留学当初、まだ故郷の味が懐かしかった頃に一度食べてみて、大変に落胆させられてからは、タカアキは中央食堂でその手の料理は決して食べないことにしていた。  わざわざここで、そんな似非ヤウデン料理を食べなくても、タカアキのようなヤウデンからの留学生に配慮して、カザハヤの下宿のまかないできちんとしたヤウデン料理が月に数回出されるのである。  今ではそれで充分に満足していた。  今日タカアキが昼食に選んだメニューは、羊肉を香草とブイヨンで炒め煮したメインと、付け合わせのマッシュポテト、レンズ豆のスープだった。ヤウデンでは羊肉はあまり食されないが、ルクウンジュに来て初めて食べた羊肉をタカアキは気に入り、昼食ではよく羊肉のメニューを選んでいた。  一方クニヒロは、付け合わせこそタカアキと一緒だったが、メインは鶏のトマト煮込みを選んでいた。  もくもくと食事をしながら、タカアキはクニヒロにかける言葉を探していた。  中断させられた質問のことではない。  話したいのは、自分達と同じフロアで食事をしているチグサ・ハツキについてだった。  今日初めて目にしたルクウンジュの翠玉の姿に、自分が彼に対して思い違いをしていたことは素直に認めたいと思う。だが同時に、クニヒロの言うことも彼という存在に対する正しい認識ではないと感じたのだ。  それをクニヒロに伝えたい。  だが、その内容を異国の言葉に乗せるのは容易なことではなかった。ルクウンジュに来て三年目になり、日常の会話や授業で使う専門用語などには困らなくなったが、こういう文化や習慣による感覚の違いをルクウンジュ語にするのは未だ難しい。  どうしても脳内で先にヤウデン語で考えなければ、人に伝える言葉してまとまらないのだ。  黙って食事を咀嚼しながら言葉を組み立てる。 「クニヒロ」  ようやく納得のいく文章ができ、口の中のものを飲み込んでクニヒロに声をかけた。  タカアキからの呼びかけにクニヒロは顔を上げた。  彼は既に半分以上食事を平らげていた。  考え事をしていたせいであまり減っていないこちらのトレイを見て眉を顰める。 「どうした? 腹の調子でも悪いのか?」
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