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 その祖父の言葉は、孫を諭すためのものだけであって、特に根拠のあるものではなかった。  だがアリオカはその言葉を過大に解釈した。  自分がいるから翠玉は生まれてきたのではない。  けれど翠玉は、この特別な自分をいずれ必ず選ぶはずだと。  もとよりアリオカはオセルで一生を終える気は全くなかった。こんな程度の低い人間ばかりの田舎など、自分に似つかわしくないと思っていた。事実、義務教育期間中はいつでも学年首位の成績を取っていたし、高校進学のための奨学金を得ることもたやすいものだった。  そして、自分のような優れた人間にふさわしいのは、国内随一の権威を誇る王立学院大学しかないと、高校時代には努力をし、その結果晴れて王立学院大学の合格を手にしたのだった。  生まれながらに特別な自分に、国内最高峰の大学卒という箔をつけ、翠玉の住まうベーヌ市に行く。  その自分を翠玉が選ばないはずなどない。  そんな己の将来像を胸にアリオカは王都へやってきた。  けれど現実はそうたやすいものではなかった。  王立学院大学には国内外の優秀な学生が集う。  郷里では神童と称えられたアリオカも、王立学院大学の選りすぐりの学生達の中では、凡庸な一介の学生でしかなかった。その事実は、アリオカの肥大化した自意識をいたく傷つけた。  彼の自尊心に最初の一撃を加えた人物。  その人物こそ、アリオカが大学に入学した当時、王立学院高等部に所属していたメールソー・テレーズである。      ※  アリオカにとって、メールソー・テレーズは初めて目にした時から気に食わない相手だった。  大学に入学して最初の授業は、ヤウデン系ルクウンジュ人のアリオカには誇らしいことにヤウデン史概説だった。  その教室にアリオカが意気揚々と入ると、大学の制服を纏った学生達の中に、他とは違う制服を纏った派手な外見の少年がいた。  何人かの学生がその少年を囲み、親しげに話をしていたが、教室内には彼を訝しげに見る目も多かった。  濃紺のダブルのブレザーに山吹色のシルクのクロスタイ。自分達とは明らかに制服が異なり、また大学生というには幼い顔立ちであるくせに、当然のような表情で教室の席に座る少年の存在はアリオカの気分を非常に害した。
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