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4
アリオカの不満がくすぶる六月の構内。
前方を行くチグサの後を追いかけるような形で、タカアキとアリオカも理工学部研究棟に向かっていた。
「ああ、もう我慢ならない!」
不意にアリオカが叫んだ。
突然傍で大声を出され、タカアキは顔を顰めた。
だがアリオカはタカアキの反応に頓着することなく、そのままチグサの方へ走り出した。
「ハツキ様! お待ち下さい、ハツキ様!」
声を張り上げてチグサを呼ぶアリオカに、周囲の学生が何事かとぎょっとした目を向ける。
だが当のチグサは、自分を呼ばわるアリオカの声など一切耳に入っていない様子だった。何の反応も見せず、自分の目的の場所へ足を進めていく。
そのままチグサが研究棟の回廊に入っていったので、アリオカが走る足を速めた。見兼ねてタカアキも駆け足になる。
アリオカがチグサに追いついたのは、研究棟の一階と二階の間の階段だった。
「ハツキ様!」
大声でチグサを呼び、アリオカが手を伸ばして彼の右腕を掴んだところを、タカアキは階段の下から見上げる形で目にした。
腕を掴まれたチグサが険しい表情で振り返る。
そんな表情でも、彼の瞳は美しい緑だった。
彼は掴まれた腕を勢いよく振り払った。
掴んだ手を振り払われ、アリオカが背後に転びそうになる。だが、すんでのところで階段の手摺を掴んで難を逃れた。
場所をわきまえない大声と、危険ともいえるチグサの行為に階段周辺にいた学生たちは動きを止めたが、相手がアリオカだったからだろう。不要ないざこざは避けようと、すぐに二人から離れていった。
チグサは左手でアリオカに掴まれた箇所を押さえていた。
美しい眉をきりりと寄せ、不快の感情を隠そうとしない緑の瞳で数段下のアリオカを見下ろす。
腕を掴まれた時の反応やその表情から、タカアキにとってはチグサがアリオカを拒絶していることなど一目瞭然だった。
しかし、己のみに固執するアリオカには察することが出来なかったらしい。
相手が足を止め、自分に振り返ったというだけで、自分に発言の機会が与えられたと思い込んだようだ。
アリオカは歓喜の表情で口を開いた。
「ハツキ様! 私アリオカ・ヤスシゲはベーヌの善良な民として、是非とも貴方様にお伝えしなければならないことがあります!」
アリオカの言上に呆れながら、階段下で両人を注視していたタカアキの視界の端にきらりと光るものが入ってきた。
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