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ベーヌでも『セーハイネの翠玉』として奉られるとはいえ、それでも彼は一般の人間でしかない。
多少世間知らずなところがあるけれど、テオドールやユージェーヌといったテレーズ以外の学生と話をするようになったハツキが、今まで皆の前であのような居丈高な態度を表したことはなかった。
彼が無理をしてそんな自分を作っているとは、全く思えない。
──神様なんかじゃない。
「決してあれを、あいつの本質などとは思わないで下さい」
こちらを凝視したタカアキから視線を逸らし、テレーズは階段へ向かった。
ズボンのポケットに両手を入れる。
先程タカアキに指摘された時には、アリオカの前に姿を出さないと答えたので、今更これを言っても詮のないことだったが。
「あいつにあんなことを言わせてしまったのは俺の判断ミスです。……あの馬鹿な奴を、殴り倒したくて仕方がない」
ハツキの前から逃げるように階段を下りてくるアリオカには目を向けなかった。相手を見てしまったら自分を抑えられる自信がなかった。
テレーズに気づいたハツキが、びくっと恐れるように肩を揺らし顔を伏せる。
アリオカと入れ違うように階段を上り、テレーズはハツキへ近づいた。
「ハツキ」
彼のすぐ下で足を止め、彼の顔を覗き込む。
覗き込んで来たテレーズの目を、ハツキは力なく見返してきた。
「……気持ち悪かったんだ」
「うん」
「あの人、ものすごく気持ちが悪かった。でもそんなことより……君を悪し様に言うのが、どうしても許せなかった」
テレーズは左手を伸ばすと、ハツキを引き寄せた。
されるがままに寄せられたハツキの額がテレーズの肩に乗せられる。
ハツキを怒らせたアリオカを許す気など全くない。
しかし、ハツキがテレーズのためにあれだけの怒りを露わにしたいうことは、正直嬉しかった。
「ああ。ありがとう」
「君は……」
テレーズの肩に額を預けたまま、ハツキは右腕を押さえていた手を離し、その手でテレーズのテイルコートの下襟を掴んだ。
「僕が自分で選んだ僕の友人だ。他人に口出しなんかさせない。君のことは、直接君に聞く。知りたいことは君と話をして、そして君のことを知っていく」
ハツキの告白に胸が熱くなる。
テレーズはハツキの耳許に口を寄せ、囁いた。
「おまえの知りたいこと、何でも教えてやるよ」
小さく笑うようにハツキが息をつく。
けれどテレーズも彼に言いたいことがあった。
クルーヌ河沿いの喫茶店で出会い、紫藤と金鎖の花が咲く下で友達になってくれと望んだあの日から一ヶ月あまり。
週末以外、授業のある日は毎日顔を合わせ話をしているのに、テレーズはハツキの一番肝心なことを本人からまだ聞いていなかった。
不本意ではあるが、今はそれを彼に尋ねる絶好の機会でもあった。
続けて彼に囁く。
「俺にもおまえのこと、もっと教えて」
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