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ハツキが息を呑んだのが解った。
彼が額を浮かし、僅かにテレーズへ顔を向ける。
そして消えそうな声で尋ね返してきた。
「──……僕の?」
ハツキの翠の瞳を見つめながらテレーズは唇の端を上げた。
「ああ。俺の知らないおまえのこと。どんなことでも全部」
ハツキは無言でテレーズの目を見返し、そしてまたテレーズの肩に顔を埋めた。
気がつくと、ハツキは両手でテレーズのテイルコートを握り締めていた。その握り締められた拳が、血の気が失せ真っ白になっている。
テレーズはハツキの薄い背中に腕を回すと、そっと抱き締めた。
黙ってハツキを待つ。
「……いいよ」
意を決したのだろう。ハツキは小さく呟き、テレーズの肩から再度額を離して答えた。
「君になら、いい」
そして顔を起こすとテレーズに向けて微笑んだ。
「でもここでは話したくない。──テレーズ、君、うちに来ないかい?」
「おまえんち? いいの?」
問い返すとハツキは更に笑った。
「構わないよ。友達を連れて来るななんて言われていないもの。来てよ」
そう言ってハツキが身を起こしたので、テレーズも腕を放した。
ハツキからの誘いを断る理由などテレーズにはない。当然笑って答える。
「じゃあ行かせてもらおう。その前に研究室に寄っていいか? 課題だけ提出しておきたいんだ」
「もちろん。全然構わないよ」
並んで階段を上る前に、テレーズは肩越しに階下を見やった。
案の定、階段下に群れる見物の学生達の間にタカアキはいたままだった。
何とも表現し難い表情でこちらを見上げる先輩に、テレーズは笑ってみせた。
ほら、違うでしょうと。
ベーヌでは、ましてやヤウデンではない、ここヴィレドコーリにおいては、彼は神に等しい存在などではない。
チグサ・ハツキという、翠の瞳をした青年でしかない。そして自分の大切な友人なのだ。
その思いが伝わったのだろうか。テレーズと目が合うとタカアキは苦笑し、早く行けとばかりに上を指した。そんなタカアキに小さく会釈をして返す。そしてテレーズはハツキを促して階段を上った。
三階の航空研の前で来ると、ハツキは廊下に待たせてテレーズは一人で研究室に入った。
研究室所属の学生達と話をしていたデュトワに課題を提出し、今日はこのまま下校することを伝える。
普段から恐ろしいばかりの耳の早さを発揮する教授だが、さすがについ先程の出来事の情報までは入ってきていないらしい。特に詮索を受けることもなく、下校の旨は諒承された。
テレーズは内心ほっとしたことを顔に出さないようにしてデュトワに一礼すると、航空研を辞した。
そして待っていたハツキと共に理工学部研究棟を後にした。
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