孤独は溶け合い、波を起こす

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 家出をした女子生徒の草壁は、クラスの中でも、特に優秀な生徒だった。  テストの成績も、常に学年で10番以内に入っていて、生活態度も問題ない。  友人関係における適応も高いため、教師からしてみれば、彼女は調整役との呼べる存在だ。  多少荒れているクラスでも、何の特徴もない平凡なクラスでも、どこのクラスに置いても、問題なくやっていける万能な子。  だから、ある日の放課後、彼女が一人で私の元に訪れた時は、正直驚いた。 ✳︎ 「結城(ゆいぎ)先生、何してるんですか?」  5月の半ば頃、教材室で明日の準備をしていた私に、そう彼女は声を掛けてきた。 「明日の教材を作ろうと思って、草壁さんは帰らないの?」  部活は休みなのかなと、聞こうとして、彼女は帰宅部だったことを思い出す。  遠慮しているのか、通学鞄を持ったまま、ドア枠の上に足を揃えて動かない彼女に、こうして話しをするのは、初めてかも知れないと思った。 「課題をしてから、帰ろうと思って」  でも、教室が空いてなかったので。  微かに俯いた動作に合わせて、艶のあるショートボブの黒髪が流れ落ちる。  そっかと、返事をしながら、彼女が嘘ついているのではないかと疑っていることを隠す。  ここへ来る前に覗いた時、教室には誰もいなかったことを、私は知っていた。 「草壁さんがよかったら、ここでしてもいいよ」  先生も、もう少しここにいるから。  伝えると、ようやく彼女はこちら側に踏み込んでくる。  ここへ来た理由は、たぶん私に相談があるのだろう。  生徒が、わざわざ個別に教師の元を訪れる時には、圧倒的にその確率が高いのだから。  スチール製の棚に囲まれた部屋の中央に、折り畳みテーブルとパイプ椅子の簡易的な居場所を作ってやる。  すみませんと、イスのホコリを払った私を見て、彼女はそう言った。  普段一緒にいる生徒は、誰だったか。  4月の面接で、聞き取りをした資料を頭に浮かべた時、彼女と目が合った。  こちらを伺う黒目がちな瞳は、昔、実家で飼っていた黒猫を想起させる。  そういえば、あの猫は、台風に怯えて家を飛び出す日まで、結局、家族の誰にも懐かなかった。 「先生、数学の課題見てくれますか?」  懐かない猫の目のまま、国語教師の私に、彼女はそんな事を言う。 「まぁ、先生が見れる範囲でいいなら」 「はい、それで大丈夫です」  広げられた基礎問題のテキストを、彼女の隣にしゃがんで覗き込む。  たしか、数学の成績はトップだった筈だ。  教えてもらわなくても、このくらいできるだろう。  リズムをとるように、なぜか楽しげに揺れる華奢な足をみて、私は、その言葉を飲み込んだ。
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