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信号待ちをしていると、フロントガラスに水滴がつく。
せめて、屋根のある場所にいればいいが。
悪くなる視界に、ワイパーを動かそうとした時、助手席に置いていた携帯電話が鳴った。
明るく照らされた画面を見て、私は近くのパーキングに車を止める。
エンジンも切らないまま、画面のロックを素早く解いた。
「もしもし、草壁さん?」
刺激しないように、冷静に。
息を吐くと、先生あのねと、小さな返事が返ってきた。
「お父さんから電話があったよ。今は、どこかに泊まってるのかな?」
聞きながら、電話の向こうの音に耳を凝らす。
ザアザアと、一定の間隔で聞こえる何かの音が、胸をざわつかせた。
「あのね、先生、私どうしよう」
むかえに来て、パパ。
彼女がする特別な呼び方に、息がつまる。
彼女の泣き出しそうな声よりも、私を動揺させるのは、それだったのだ。
「わかった、今から向かうから」
震えそうになる声を、必死に噛みしめる。
再び、ハンドルに手を伸ばしながら、私は彼女に初めて〝パパ〟と呼ばれた日のことを思い出した。
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