孤独は溶け合い、波を起こす

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✳︎  最初に教材室で過ごした日から、彼女は気まぐれに、そこへ訪れるようになった。  月に何度、週に何度と決まったわけではない放課後の出来事。  そんなものを、密かに待つようになった私は、彼女が姿を見せるたび、いつからか胸がすくような感覚を覚えていた。 「4組の面談の時、先生が泣いたんだって」  自分のクラスの子に、なんか言われたみたい。  英語の模試を解きながら、ずいぶんとお喋りになった彼女が、最近のゴシップネタを教えてくれる。 「そういえば、うちのクラスのあの2人は仲直り出来たのかな」  最近揉めてたよねと、話題を振ると、ひかえめな微笑みが返される。 「あれは、男の子関係のことだから、先生は関わらない方がいいですよ」  でも、ちゃんと知ってるなんて、すごい。  子どもながらの、素直な褒め言葉が照れ臭くて、私は頭を掻いた。 「ねぇ、先生。さすが、パパだね」 「え?パパだって?」 「そう、みんな結城先生のこと裏でそう呼んでるよ」  それは知らなかったの?パパ。  そう言って、いたずらっぽくはしゃぐ彼女は、いつより、ずいぶんと幼く見える。  だが実際、いくらパパと呼ばれても、3歳の実の娘と彼女では、何もかもが違う。  そのようなことは当たり前なのだか、歳や容姿に加え、我が子は私のことを、パパと呼んだことは一度もなかった。  妻に言わせれば、仕事ばかりでかまわないからとのことだが、警戒した目つきをする様から、生まれつき懐かない性質なのだと私は確信していた。  女の子は思春期になれば、どの子どもも自然と父親を嫌うのだ。  だから、無理に気を引いて関わったり、好かれる努力をしようとは、未だに思えなかった。 「私、先生が、パパだったらよかった」  ねぇ、パパになってよ、先生。  聡明なはずの彼女が、舌ったらずの甘えた声をする。 「なに、言ってるの」  唐突な要求に、笑ってごまかしたのは、嫌な気がしたからではなかった。 「さぁ、丸つけしてあげるから貸してごらん」  気を取り直して、答えの書いてある冊子を、広げてみせる。  さらさらと、自分の回答に丸がつく様を、大した事ないというように、テーブルに突っ伏した彼女が見ている。 「パパ、もう少しここに居てもいい?」  私、家に居ても意味がないの。  告白した彼女と、私が丸をつけた音が重なった。
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