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最初に教材室で過ごした日から、彼女は気まぐれに、そこへ訪れるようになった。
月に何度、週に何度と決まったわけではない放課後の出来事。
そんなものを、密かに待つようになった私は、彼女が姿を見せるたび、いつからか胸がすくような感覚を覚えていた。
「4組の面談の時、先生が泣いたんだって」
自分のクラスの子に、なんか言われたみたい。
英語の模試を解きながら、ずいぶんとお喋りになった彼女が、最近のゴシップネタを教えてくれる。
「そういえば、うちのクラスのあの2人は仲直り出来たのかな」
最近揉めてたよねと、話題を振ると、ひかえめな微笑みが返される。
「あれは、男の子関係のことだから、先生は関わらない方がいいですよ」
でも、ちゃんと知ってるなんて、すごい。
子どもながらの、素直な褒め言葉が照れ臭くて、私は頭を掻いた。
「ねぇ、先生。さすが、パパだね」
「え?パパだって?」
「そう、みんな結城先生のこと裏でそう呼んでるよ」
それは知らなかったの?パパ。
そう言って、いたずらっぽくはしゃぐ彼女は、いつより、ずいぶんと幼く見える。
だが実際、いくらパパと呼ばれても、3歳の実の娘と彼女では、何もかもが違う。
そのようなことは当たり前なのだか、歳や容姿に加え、我が子は私のことを、パパと呼んだことは一度もなかった。
妻に言わせれば、仕事ばかりでかまわないからとのことだが、警戒した目つきをする様から、生まれつき懐かない性質なのだと私は確信していた。
女の子は思春期になれば、どの子どもも自然と父親を嫌うのだ。
だから、無理に気を引いて関わったり、好かれる努力をしようとは、未だに思えなかった。
「私、先生が、パパだったらよかった」
ねぇ、パパになってよ、先生。
聡明なはずの彼女が、舌ったらずの甘えた声をする。
「なに、言ってるの」
唐突な要求に、笑ってごまかしたのは、嫌な気がしたからではなかった。
「さぁ、丸つけしてあげるから貸してごらん」
気を取り直して、答えの書いてある冊子を、広げてみせる。
さらさらと、自分の回答に丸がつく様を、大した事ないというように、テーブルに突っ伏した彼女が見ている。
「パパ、もう少しここに居てもいい?」
私、家に居ても意味がないの。
告白した彼女と、私が丸をつけた音が重なった。
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