孤独は溶け合い、波を起こす

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✳︎  他の教員や、彼女の父親が着くまでは、まだ暫くかかるだろう。  車を路肩に止め、彼女がいるであろう場所に向かう。  すっかり、本降りになった雨の中、私は草の生い茂った道をひたすら走る。  こんな時に限って、傘は用意していない。  だが、雨に濡れることなど、今は何の抵抗も感じなかった。 「杏樹さん!」  ようやく開けた場所に出て、すぐに彼女の姿を見つける。  身がすくむような(みさき)の上、下界を望むかのようにうずくまった彼女に、私はゆっくりと歩み寄る。 「パパ、ある女の子の話を知ってる?」  お父さんに乱暴されていた女の子は、お父さんの罪滅ぼしに、自分が代わりに、崖から飛び降りるの。 「女の子は、私と似てるね。私の父さんも……」  岩壁に打ち付けられる波音が、細いその声をかき消そうとする。  今から自分も、その女の子と同じようにするとでもいう気か。  すぐにでも、彼女を抱きしめられないのは、こちらに背を向けている瞳が、最初に私の元へ訪れた日の、あの瞳だという予感がしたからだった。  自身の頬に伝う液体が、雨水か焦燥から出た汗か、もうわからない。 「身代わりになった他には、どんな意味があると思う?」 「……それは、どんな?」  迷信の中の女の子の話を続ける彼女に、戸惑うことしかできない。 「パパには、きっとわかるよ」  子は、親に似るっていうでしょ。  立ち上がった彼女が、私と向き合う。  君は、私のどこまでを知ってるんだ?  脳裏に浮かんだのは、遠くから眺めていた父の背中と、こちらに向けられた娘の瞳だった。  応えなくてはと、開けた口に流れた雨の味が苦い。 「私も、私の父さんのようになるの?」  あの、ひどい人間になるの?  苦しそうに息をする肩に、揺らいだ瞳に、私は今こそ証明しなくてはいけない。  かつて、自分が父さんと呼んでいた、あの男とは違うことを。  決して、私と目を合わせようとしなかった、あの無責任な男とは違うことを。 「そんなこと、あるわけがないよ」  君は、素晴らしい人だよ。  私は、一歩ずつ彼女へと足を進める。  私をパパと呼んで求めた君が、家に帰りたがらない理由を見逃したことを、どうか許して欲しい。 「さぁ、パパのところにおいで」  彼女に、手を差し伸べる。  私は、君と向き合うことを恐れない。  その証明が、私たちを救う唯一の方法だった。
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