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新たな価値観
春。たくさんの新入生が未来を夢見る季節。
駅から徒歩で15分程の位置にある、緑陵学園高等部にも沢山の新入生が入学した。ここには普通科、音楽科、体育科、社会福祉科があり、普通科棟、音楽科棟、体育・社会福祉棟という3つの校舎からなるマンモス校である。敷地も広大で、それぞれの校舎毎のグラウンドがあり、それぞれを樹木で区切っている。また幼等部から大学部までの一貫教育校ではあるが、それぞれの専科毎にかなり専門的な知識を得られる事もあり、また途中の転科も可能とあって他校からの進学者が多く、全学部の中で最大の生徒数を誇る。また、生徒の間では白いブレザーやセーラー服がかわいいと人気が高い。
やっと1日授業の始まったある日の昼休み。音楽科1年の教室でも、中等部からの持ちあがりと高等部からの新入生が仲良く話していた。音楽科は1学年1クラスで、通常授業を受け、午後からは声楽、ピアノ、器楽、作曲と専修授業を行う、他の学校にはない授業形態である。それだけにクラス内はとても盛り上がっているのだ。
新入生達は持ちあがり組にどんな授業をやるのかを聞きこみ、持ちあがり組は新入生達に他校はどんな様子なのかを聞く。まるで情報収集の場となっていた。音楽科は比率的には女子が断然多く、男子生徒はクラスの端で小さく輪を作っていた。
そんな輪から離れた窓際の席で、持ちあがり組である神道飛鳥は窓から外を見ていた。飛鳥はピアノ専修で見事な腰までの黒髪とかなりの美貌を持つ生徒で、一匹狼、または冷酷非道という表現の似合うかなり外見では判別できない性格を持つ。持ちあがり組の生徒は一部を除いて飛鳥に話しかけようとする者はいないほどだ。その横では飛鳥に声をかける持ちあがり組の1人、村上龍太が座っていた。龍太もピアノ専修のかなりの美少年で、立ち上がるとかなり背が高くスタイルがよいが、泣き虫な生徒である。
「飛鳥、龍太。2人とも話に加わってきなさいよ。そんなところに座ってないでさ」
小柄でかわいい雰囲気を持つ生徒が近づいてきた。笠原美衣、声楽専修の、世が世ならお姫様と言う家系に生まれた、子供っぽい短絡思考の持ち主である。
「僕はともかく、飛鳥は無理でしょ。そう言うの嫌いだし」
龍太はそう言いながら立ちあがり、男子生徒の輪に入っていった。一方、飛鳥は美衣の声が聞こえないのか聞く気がないのか、美衣の方を振り向きもしない。美衣は飛鳥を無理やり立ち上がらせた。
「何しやがる」
「いいから来るの」
美衣は飛鳥を引きずって近くの女子生徒の輪に入った。
「神道飛鳥。かなり怖く見えるけど、そうでもないから仲良くしてあげてね」
美衣のかなり失礼な紹介に、飛鳥は全くの無関心。取って付けたように頭を下げる。
「ねえ、神道さん」
新入生の1人が話しかけた。
「隣にいた人、彼氏?」
「なんだ、それ」
飛鳥は顔をしかめる。
「ちがう、ちがう」
美衣が助け舟を出した。
「村上龍太って言うんだけどね。飛鳥に恋の話しても無駄だよ」
「なんで?」
「わかんないもん、飛鳥」
「どういう事?」
その場にいた全員が飛鳥の顔を見る。
「ね、飛鳥。恋って言葉を聞いて何連想する?」
美衣が飛鳥に尋ねる。飛鳥は眉をひそめた。
「池の中で口パクパクさせてる馬鹿な魚。それと関係あんのか?」
その場が一瞬沈黙する。よくよく考えてみるとそれは『鯉』である。
「わかった?」
美衣が全員の顔を見回した。
「わかった」
全員が即座に頷いた。飛鳥はその様子を見て、ついていけないと思ったのかその輪から外れ、窓に寄りかかり外を見た。
「神道さん、かわいい!」
いきなりの歓声に、飛鳥は思わず振りかえった。生徒達が爆笑している。飛鳥は少し首を傾げたが、すぐに気を取りなおして窓から外を見た。
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