骨とケーキと休日と

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外は灼熱。 一歩外に出れば容赦ない太陽光と熱風を浴び 不快な蝉達の声を浴びる事になる。 だが、蝉達に罪はない。 何故ならば、蝉達はただ生きるために鳴いているからだ。 本来、蝉に対して『鳴く』という表現をしていいのか些か疑問である。 蝉の場合、腹腔内に音を出す発音筋と発音膜 音を大きくする共鳴室、腹弁などの発音器官が発達していて、発音筋を振動させて音を出している。 なので、私の中では蝉は『鳴いている』のではなく、『音を出している』と表現した方がいいのではないかと夏が来るたび思うのだ。 五月原 銀鈴 冷房の効いた部屋、パソコンの横には数匹の猫のシルエットがラッピングされじんわり汗をかいたアイスティーの入ったグラス。 中の氷が少しずつ溶けていく度に、形を変え カランと優しく音を出す。 グラスの汗が重力に耐えきれず流れていく。 まるで猫達が雨に振られているようだ。 黙々とパソコンに向かい日記を書いていた少女は、身体の渇きを満たすため、半分近くアイスティーを一気に飲み干す。 グラスの汗で濡れた手を乱雑に服で拭き、 目を輝かせながら、マウスに手をやった。 「さて、今日はどうしようかなー」 彼女は慣れた手つきで操作する。 彼女はこの物語の主人公。 容姿端麗、頭脳明晰、甘党のパンケーキ好き どこにでもいるような女子高生だ。 彼女のある趣味を除いては。 彼女が慣れた手つきで見ていた物、それは 『私の愛するパンケーキリスト』である。 大のつくパンケーキ好きであり、世界のパンケーキを食べ尽くすのが夢である。 だが、まだ高校生の彼女にそんな経済力は無く、近所のパンケーキ屋さんを、夏休みをいいことにほぼ毎日のように食べに行っているのだ。 「よし、今日はここ!!」 『幸せのパンケーキ屋さん』 いかにも幸せにさせてくれそうなフレーズ。 鎌倉小町通りにあるパンケーキ屋さんだ。 分厚いパンケーキが3つお皿に乗せられ、 メニューによってフルーツ、チョコレート アイス等がある。 一枚が分厚く大きいのに驚くほどふわふわで 口にした瞬間の生地のふわふわ感と、ほんのり香る甘さとメープルの風味がたまらなく、 食べる度に笑顔になれる。 鎌倉に住む彼女にとっては、すぐに食べに行ける幸せを感じられるパンケーキ屋さんリストに入る。 並ぶ店だが幸せになれるならば苦ではない。 パンケーキが好きと言ってもただ美味しいかではなく、彼女自身が『幸せを感じるかどうか』が大事なのだ。 「お母さーん、ちょっと出かけてくるねー」 軽い足取りで階段を降りていき、昼食の為に茹でられている素麺の鍋の湯気に顔をしかめながらも、目を離すことは出来ずに、沸騰したお湯の中をまるで踊るように混ぜられていく麺を見つめながら母は問いかける。 「え?お昼出来るわよ?」 「帰ったら食べるよ」 そう言い残し、早々に玄関に向かいサンダルを履いたかと思えばもう姿はなく まるで嵐の後の静けさのように静まりかえり 扉の閉まる音だけが残された。 充分に茹でられた麺の火を止めザルに移す。 それと同時に湯気がむあーっと母を襲い 更に顔をしかめてしまう。 「全く…」 せっせと水に流し、皿に移し、氷を周りに均等に置き、食事の用意を始めた。 娘のことをよく知る母は、娘が何処に向かうのかも、この素麺が最終的に誰の胃袋に行くのかも知っている。 * * * * 最寄駅から3分電車に揺られ鎌倉駅から歩いて役5分ほどの場所にその店はある。 店には4人ほど並んでおり、今日はあまり待たなくてよさそうだ。 『幸せのパンケーキ屋さん』は注文を受けてからパンケーキを焼くので、テーブルに運ばれてくるまで少々時間がかかる。 その為混んでいる時は1人の在席時間も限られている。 4人くらいであれば夕方には帰れるだろうと iPhoneの時計を見て時間を確認する。 12:30 ♪〜♪〜♪ iPhoneの通知音が鳴り、画面にメッセージが出てきた。 母だ。 『ライムのご飯、帰りに買ってきて』 ライムとは家で飼っているミニチュア・ダックスの事だ。 五月原家には様々な動物がいるが、これはまた別の機会に紹介しよう。 「はぁーい、わかったよ…っと」 母からのメッセージに返した後、時間を潰す為に写真フォルダを開き、その写真をマジマジと見つめては楽しそうにする。 後ろで並んでいたカップルの女性がトーン高めの猫なで声で彼氏に話しかけているのに背筋が凍りながらも、その声が一変して明らかにこちらに向けて発せられているであろう比定的な声に思わず女性の顔をガン見してしまった。 女性はたまたま視界に入った「それ」に対し 声に出してはいけないと分かっていても咄嗟に出てしまったのだろう。 今まで見たことがないだろう「それ」を。 女性の目には様々な動物の骨の写真、臓器の写真、マウスの解剖写真を楽しそうにマジマジと見つめる不気味な女子高生が映っているのだ。 その女子高生は自分が発した言葉に対してだろうか、即座にこちらを向きガン見してきている。 だがその顔は綺麗に整っていて、そんな写真を見るようには思えない顔立ちだった。 「見ます?勉強になりますよ?」 可愛らしい笑顔でiPhoneを目の前に出されて思わず仰反る女性。 口元を抑えて彼氏の腕を引っ張り走って行ってしまった。 彼女は少し残念そうにし、また自分の世界に戻ってしまった。 三度の飯よりパンケーキが好き。 それ以上に動物が好きであり、生きた動物はもちろん、動物の遺体、骨、臓器を調べたり それをホルマリン漬けにして眺めたり、写真に撮ったりするのが彼女の1番の趣味であり 仕事でもあるのだ。 そう、容姿端麗、頭脳明晰、甘党で とても残念な少女なのである。
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