きれいの盾

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「あ、う、うん……あ、暑くって……」 「ふぅん」  しどろもどろになりながら答えると、吉川くんは手の動きを再開させた。書き終わると、規則正しい靴音を鳴らしながら、自分のデスクへと移動していく。  紺のスーツの背中を目で追いながら、わたしは頰に手を当てた。もちっとした温度のある感触が指先に伝わる。  何も言われなかった。そのことに張り詰めた緊張が一気に解けた。茶化されもせず、褒められもせず。何も反応のないことに、心の隅でじわりと落胆が広がっていくのを感じたけれど、嗤われなかっただけマシだと気を取り直す。 「いつもこんなに早いの? 先週もずっと残業してたのに」  椅子に腰掛けるついでを装って、吉川くんへ話しかけた。誰もいないオフィスはがらんとしていて、小さな声なのによく通る。 「来週フィリピンに出張だから。それの準備」  手元に広げた書類から目を離してわたしへ向くと、静かな口調で淡々と喋った。どんなに忙しいときでも、吉川くんはかならずこちらを見て話す。 「そっか。身体こわさないようにね。もし何か手伝えることがあったら……」
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