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さいわい、午後から吉川くんは会議が重なって、ほとんど席を外していた。わたしは無心で取引先への提案資料を作り続けて、定時になると逃げるように会社を出た。
今日は三週間に一度の、ネイルサロンの日だった。ネイリストの麻衣さんとの会話は笑いが絶えなくて、わたしはできるだけ仕事の愚痴は控えていた。けれども今日は我慢できなくて、席に着くなり、お昼の出来事をこぼしていた。
「好きな人に言われたかぁ……。それはきっついねぇ」
正面に座る麻衣さんは困ったように笑った。わたしの指先にやさしく触れて、爪先を丁寧に整えていく。
爪が薄く、すぐに割れてしまうと悩んでいたら、友達がこのお店を紹介してくれた。ここは麻衣さんがひとりでお店を切り盛りしているから、お店に入ってから出るまで他のお客さんと会うことがない。きれいな人たちに引け目があるわたしでも安心して通うことができた。
「堂々とできるなら、とっくの昔にしているのに……」
思い出すと涙が出そうになって、ぐっとこらえて大きなため息をつく。
「でも、堂々とするのは大事よね。その彼、なかなか見所あるわよ」
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