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お父さんがふっ飛んだ。
それはとても風の強いある日のこと。場所によっては竜巻さえも起こった、強風の日のことだ。
「まずいな、屋根が飛ばされては困るぞ」
天気予報で「本日は非常に強い風が吹くでしょう。皆様ご注意下さい」という情報が流れたのを見て、お父さんは朝イチで僕を手伝いに駆り出して屋根にのぼった。
手伝いなんて言っても、小学三年生の僕の体は小さくってとてもお父さんの役になんて立たないから、お父さんがのぼる脚立を支えるくらいしかできないんだけど。
お母さんはお父さんに渡す道具を持って、「気を付けてね!」とハラハラした様子で屋根を見上げていた。
「今まで台風が来たって屋根になんてのぼったりしなかったのに」
僕は自分も屋根にのぼりたいなぁとか、傘を持って強い風に吹かれたら空を飛べるんじゃないかなぁとか考えていた。
「もうだいぶ古いから、飛ばされるんじゃないかって不安なのよ」
お母さんはそれは心配そうに言う。
――と、その手元を見てみると、金づちでもなくブルーシートとかでもなく、なぜか大きな石を持っていた。……屋根をおさえたりするのに必要なのかな。
「タカシ、お前も石を集めてくるんだ。できればうんと大きいのだぞ」
お父さんが屋根の上からそう言ってくる。うわぁ、屋根から下を見下ろすなんて、怖くないのかなぁ。
「えっ、うん、わかった!」
僕は花壇の囲いに使われている大きな石を引っこ抜くように持ち上げて運んだ。ものすごく大変だ。
「ああっ! あなた!」
急に風が吹いてお母さんが叫んだ。そんなに強い風にも感じなかったのに、屋根の上のお父さんは必死な様子でしがみついている。
「ねえ、屋根から降りて! あなたの方が心配よ!」
「だめだ、もうこの家は寿命なんだ! 早く重石を乗せないと……っ」
お父さんがそう叫んだ瞬間。
びゅうっと強い風が吹いた。葉っぱが舞って顔に当たる。それを払って見上げた空に、お父さんが、舞っていた。
びゅうびゅう吹く風に煽られひらひらと、お父さんは空へとふっ飛んでいた。
「あなた!」
お母さんが叫ぶ。次の風が吹くと、今度は屋根がふわっと舞い上がった。重石を乗せ損なった、とお父さんが空中を舞いながら舌打ちをする。
「あぁ、家もだめね、もう」
お母さんが諦めたように呟いた。その言葉で屋根の無くなった家本体も諦めたように地面から舞い上がって風に乗った。
「やっぱりもう寿命だったのね」
ひらひら舞い続けるお父さんを見ながらお母さんはため息を落とす。
「……お母さん、なに、これ? 何でお父さんふっ飛んでるの?」
いくらお父さんがやせているとはいえ、小学生の僕より軽いなんてことはないはずだ。たしかに風はうんと強かったし、僕もちょっとはよろめいたけど、飛んだりなんてしなかった。ちょっと、羨ましい。
「ああ、お父さんは紙細工で出来ているのよ。ペーパークラフト。おうちもそう。だからうんと軽いの」
知らなかったっけ? みたいな軽さで言ってくる。
「そこにね、命だったり願いをこめて重くしてあげるんだけど、やっぱりどうしても寿命はあって、使い続けているうちに元の軽さに戻っちゃうの」
「ほう」
思わず意味もなく年老いた博士じみた相槌を打ってしまう僕である。
「家が飛ばされないように重石を乗せようとしたんだけど、お父さんの方ももう限界だったみたいでご覧の通りふっ飛んじゃったわ」
「それって、大丈夫なの?」
お父さん死んじゃうの? と急な不安が襲ってくる。――けれど。
「おおーい、タカシぃー」
何とも気の抜けた声が庭の木から聞こえてきた。木のてっぺんにへろへろのお父さんが引っ掛かっていた。
「おろしてくれ」
「いま行くね!」
無事で良かったと胸を撫で下ろす。どうやら寿命になるのは重さだけで、他は無事みたいだ。
だけどそこであることに気づいてお母さんに聞いてみる。
「お父さんが紙細工ってことは、僕はお父さんの子どもじゃないの?」
するとお母さんは「そんなことないわよ」と何でもない風に答えた。
「タカシは紙細工のお父さんと人間のお母さんの間に生まれた子なの」
「結婚できるんだ」
「結婚できるのよ。家族になれる」
良かった、僕のお父さんはちゃんと僕のお父さんだ。
「だからねタカシ、あなたも気を付けなさい。そのうち体が軽くなって、いとも簡単にふっ飛んじゃったりするかもしれないんだから」
「えっ!」
僕は驚く。
えっ、あらやだショックだった? とおろおろするお母さんを尻目に、屋根で救助を待つお父さんの元へ向かう。
木の下に脚立をセットしながら、僕はどきどきと胸が高鳴るのを感じていた。
――僕も軽くなれるなら、お父さんのように風でふっとぶことができるなら、傘を持って空を散歩する夢だって叶えられるんだ。
お父さんが紙細工で良かった、お父さんの子どもで良かった。いつか一緒に空を散歩しようね、と僕は思う。
僕は期待に胸を大きく膨らませ、枝に引っ掛かったお父さんをお姫さまだっこして救いだしてあげた。
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