人魚くん ラスト

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その頃人魚の青年は水槽の奥、岩場に寄りかかり俯いていました。 その尾ビレは二股に別れ、長さもあべこべです。 薬の副作用でした。 そのせいで泳ぐこともままならず、海に戻る事も完全に諦めていました。 今までは水槽に放たれた生きた魚を食べていましたが、泳げなくなってしまった為に死んだ魚を与えられていました。しかし死臭が鼻を突き食べることもできません。 海獣医師と逃げていた3日間、彼女から与えられていた魚は美味しく感じたのに。 瞼の裏に焼き付くのは海獣医師との短いけど、光り輝く日々でした。 日々痩せていく人魚をみて金持ちは遂に「このまま剥製にする」と言いました。 金持ちにしてみれば二股という珍しい人魚であれば生きていても死んでいても構わないのです。 腕の良い剥製師が呼ばれました。 「やあ、こんにちは。あらら、こりゃ酷い副作用だね」 その言葉で人魚は彼が人間になる薬を海獣医師にくれた黒スーツの男だと直ぐに分かりました。 「これは代償しなくてはいけないね。でもまずは……」 ヒラリと手で弧をかくと周りの風景が溶け落ちる様にドロリと流れます。 「『彼女』の願いを叶えよう」 次の瞬間には人魚は海辺にいました。そして少し遠くには海獣医師の彼女が椅子に座ってます。隣にはなぜか銀髪の少女が寄り添っていました。 上手く泳げない尾びれをバタつかせ、なんとか海獣医師の側に寄ろうとしたときです、潮風がいたずらに彼女の長いスカートをはためかせました。 「え?」 しかしその中には何もありません。空洞のスカートの中身に人魚は海獣医師を見つめます。 よく見れば、彼女が座っているのは椅子ではなく、車椅子。銀髪の少女がそれを押しているのです。 「……なんで?」 人魚の喉の奥はカラカラにかわいて声もうまく出ません。なのに涙がボタボタと頬を流れます。 「彼女は願った。『君を助けること』『君が誰にも捕まらず幸せに海で暮らせること』。だから僕が君を外に連れ出し、ついでにあの金持ち達の記憶から君を消した。もう誰も君を追うものはいない」 「………でも!なんで!脚がなければ人は歩けない!!そうだ……代償……。僕の尾びれの代償に彼女に脚を返せよ」 海獣医師は首を横に振ります。 「……残念ですけど、彼女は2つの願いに2本の脚を差し出したので。2本ともお返しはできませんよ」 人魚は目の前が真っ暗になりました。 彼女のために戻ったのに。 静かに幸せに暮らしてほしかったのに。 「海に帰って……幸せになって……」 海獣医師の言葉に人魚は激しく首を横に振ります。 彼女のいない海の底に戻る理由なんて、もう彼には何一つないのです。 そんな中黒スーツの男がポンっと手を打ちました。 「じゃあこうしましょう!」 手のひらが柔らかく再び弧を描きました。
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