6章 Side:雪哉

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「うん、雪哉(ゆきや)に任せる」  今回の出来事を本社に報告すべきか否か。自分でも最善の対応を考えたが、一応、年の功にもお伺いを立ててみる。だが予想通り答えらしい答えは返ってこなかった。  先日の友理香(ゆりか)の態度は正直『悪戯』で済ませられるレベルのものではなかった。プロフェッショナルとしての意識に欠ける発想を持ち、しかもそれを実行するなんて、頭痛どころか眩暈がする話だ。  だが雪哉が友理香を怒ったのは、契約違反となりうる行動をしたからではなく、愛梨(あいり)の事を傷付けたからだ。これが愛梨ではない他の社員が相手だったら、1度ちゃんと叱り、その後の対応は全て本社に丸投げするところだ。  けれど友理香が愛梨を困らせた事に、気付いてしまった。私情を挟んでいると言われるかもしれないが、愛梨が同じような状況に2度と陥らないよう友理香のことはかなり厳しく叱責したつもりだ。  数日前の事を思い出して重い溜息をつくと、浩一郎(こういちろう)がキーボードを叩きながら目線だけを雪哉の顔に向けてきた。 「雪哉はこの仕事始めて4年目か」  本人いわく遠近両用らしい眼鏡の奥で目を細めた浩一郎に、頷く。  アメリカで大学を卒業したのが22歳。日本にはその後すぐに戻ってきたが、1年間は通訳学校に通っていた。23歳から現在の会社に拾ってもらい、常用型派遣として通訳の仕事を本格的に開始して、現在4年目。知識も技術も経験も、まだまだ足りない未熟者であるとは感じている。 「現場を仕切るにはまだ若いが、今後(さき)のこと考えたら経験しといて損はないだろ」  だが浩一郎は雪哉を軽んじていないらしく、そっと目元を緩ませながら雪哉の将来を想ってくれた。 「現場の専任よりも、同時通訳の勉強したいんですけどね」 「あれ、研修受けたんじゃなかったのか?」 「研修受けたぐらいでどうにかなる訳ないでしょう」 「あはは。まぁ、そりゃそーだな」
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