6章 Side:雪哉

6/10
3826人が本棚に入れています
本棚に追加
/260ページ
 雪哉に叱られ、友理香はかなり反省したようだった。だから浩一郎の年の功と、愛梨の望みと、雪哉の考えを総合的に鑑みた結果、結局本社への報告はしないことに決めた。  それが良い事なのか悪い事なのかは考えるまでもないが、物事の判断はいつだって状況により変化するものだ。 「愛梨が望まない対応はしないから安心して」 「ん。わかった」  全てを説明しなくても雪哉の考えを察したらしい愛梨が、ほっと息を吐いた。その表情を見て、雪哉もそっと安堵する。  愛梨はいつも優しい。周囲とすぐに打ち解けて、正義感が強くて、義理堅くて、誰にでも笑顔を向けることが出来る。昔から変わらないその優しさを、早く自分だけに向けて欲しいと願うのはわがままなのだろうか。 「やっぱり、彼氏と仲良いな」 「え…?」 「妬ける。俺の方が、愛梨の事好きなのに」  1歩近付いて耳元で囁くと、愛梨はその耳も、顔も、首まで赤く染めて下を向いてしまう。その可愛らしい反応に、また少しだけ満足する。  本当は、少し前から気付いていた。  愛梨はきっと、いや、間違いなく雪哉の事を好いていた。  愛梨の深層に眠る感情に決定的に気付いたのは、資料室で転びそうになったところを助けた時だった。抱き起こした愛梨と見つめ合うと、その瞳はガラス細工のように光を反射し、涙で潤んで揺れ動いていた。  それは紛れもなく『恋する表情』だった。  困った仔犬のように雪哉を見つめて揺れる瞳が、切なく恋焦がれる15年間の歳月を投影しているように感じた。その表情ははじめてキスをした後に見た、15年前のあの日と同じ。愛梨の瞳は雪哉の『約束の答え』を欲していた。  その瞳を見て気付いた。きっと自分と同じぐらい、愛梨も切ない年月を過ごしていた。  15年は――やはり長すぎた。  けれど愛梨は、まだ自分の本当の感情(きもち)に気付いていない。恐らく認めたくないのだろうと思う。
/260ページ

最初のコメントを投稿しよう!