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そっと離れた玲子は笑いながら愛梨の隣を一瞥すると、ヴェールをひらりと翻した。玲子が別の参列者と楽しそうに話し出したのを見て、愛梨の隣にいた同じく同期の泉 弘翔が小さく舌打ちする。
「玲子め、余計な事を…」
「ちょっと、弘翔」
祝いの席でなんという悪態をつくのかと小さな声で注意すると、弘翔が気まずそうに視線を逸らした。良くない態度だと自分でも気付いたらしい。素直に『申し訳ない事をした』と示せるところが、弘翔の可愛いところだ。
「綺麗だね、玲子」
「ほんとだよなー」
小さくなった弘翔にくすくすと笑いながら呟くと、弘翔もころっと表情を変えて顎を引いた。
「書類の束握りしめて、課長と舌戦を繰り広げてる姿からは想像できないよな」
「そりゃ、花嫁だもん。披露宴でいきなり課長とバトルする訳ないよ」
玲子は常日頃から仕事にやりがいを感じると話していて、結婚後も今の業務を継続する予定だ。
一応、明日から1週間ほど新婚旅行休暇を利用してバリ島に行くことになっているが、不在の間も同僚に迷惑をかけないよう、昨日まで必死に働いていた。その間も、ああでもないこうでもないと上司と言い争っているところを何度か見かけている。
けれど玲子と課長は決して仲が悪い訳ではない。中年でやせ型の課長は祝杯で呷った酒と同量の涙を流し、職場の中では誰よりも玲子の結婚を感慨深く感じているようだった。
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