ワンシーン

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   あれは、俺が部室に忘れ物をして取りに行った放課後のことだった。いつもはみんなと同じ時間に出て、部室を後にしていたが、その日は本屋に寄る予定があったので早めに部室を後にしていた。  部室がまだ開いていることを祈りながら向かうと、部室からは皆沢先輩と立川の声がかすかに聞こえてきた。まだ、二人が残っていたかと安心しながら部室に近づいていくと、徐々に二人の会話が聞こえてきた。 「皆沢先輩。……好きなんです!」  静かな構内に意を決して放ったと思われる立川の言葉がこだました。  その突然の告白に、部室を開けようとした俺の手が止まり、扉を開けようとするのをやめて、息をひそめた。 「立川くん。声が大きいわよ。そんなに大声で言わなくても聞こえるから」 「そ、そうですね。すみません。つい、興奮してしまって……」  立川の突然の告白にも冷静に受け答えをする皆沢先輩。そんな先輩の対応に俺は苦い思い出を思い出す。  それは俺がかつて、今の立川と同じように皆沢先輩に告白したときのことだった。あの時も皆沢先輩は冷静に俺の告白を受け止め、そして、俺を振ったのだった。  そんな記憶をフラッシュバックしながら、この後の展開を俺は密かに聞いていた。 「その……、もしよかったら、付き合ってくれませんか?」  立川の放つ言葉に俺は息を飲みながら次の一瞬を待つ。  それは、皆沢先輩の一言。ただそれだけを。 「えぇ。いいわよ」  皆沢先輩ははっきりとそう答えた。  あまりの衝撃ゆえに声を出すことすらなく、俺はその場に立ち尽くした。そして、頭の中で“立川と皆沢先輩が恋仲”と言う事実と、“なんで?”という言葉だけが渦巻いていた。  その後、部室からは楽しげな二人の会話が聞こえてきたが、今になっては何を話していたのかさっぱり思い出せない。気づけば俺は帰路についており、再び意識を取り戻した時には自分の家の天井があって、枕が濡れていた事実だけが俺に現実を教えてくれた。  恋仲の立川と皆沢先輩の二人にとって、この卒業というものはたしかに二人の距離を離してしまうものではあるが、二人の心の距離は変わらない。だからこそ、立川も三笠ほど執拗なそぶりを見せないのだろう。
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