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わたしはボールになる、と彼女は強く断言した。彼女とはもう数年の付き合いだ、それくらいの突飛な発言はもう日常茶飯事になっていた。彼女の言動には一貫性がなく、自分の中のストーリーが進行していく中での発言なので、いつだって自分にとっては唐突に感じるのだ。今回の「ボール宣言」も突然の宣言に聞こえるが彼女なりのストーリーがあったのだろう。そしてそのストーリーを聞くには少々時間がなかった。
「ボールね、ボール。はいはい。それも良いけど、もうすぐバスが来ちゃうよ。これ逃したら30分待たなくちゃ。少しでも急いで」
私たちの通う学校は緑生茂る自然豊かな土地にある。つまりど田舎だ。しかも坂の上にあって最寄りの駅までは到底歩いて行けない。今日みたいな風の日は尚更だ。風が強く吹く日はどの方向を向いても向かい風に当たる気がする。見栄えとどれだけ楽できるかを大事にする学生は、学校のすぐ横にある学生寮に住んでいる。しかし私や彼女のような電車通学の変わり者も少数ながらいるのだ。そのような変わり者は、体力を消耗しないようにかつ時間を浪費しないようにバスに乗って駅へ向かうのだ。正門から出てすぐの長い階段を下ったところにバス停がある。そこにとまる30分に1本しかないバスに乗って。
「そういえば体調は大丈夫なの?」
ゆっくり下りてくる彼女に声をかけた。ここ最近の彼女はぐったりとしていて、食欲もないと言っていた。彼女の白い顔を見て、ままんな、夏バテか、と話していた。
「うん、病院行ったから」
「そっか大丈夫ならいいけど。今日も暑いからさ、あんまり無理しないで。辛かったら言って」
「大丈夫。元気だもん」
彼女は続けていった。
「それによく歩いた方がいいはずだよ、きっと。」
「よく歩いた方が体力つくもんね」
そう返すと彼女はにんまりと笑った。私は彼女のこの、にんまりが好きだ。おやつを前にした子どもみたいで、口も目も半月型になるのだ。あれ、でもいつもと少し違う気がするな。夏バテで痩せたのかな。
「なんかいつもと違う気がする」
気づくと声に出ていた。ほとんど独り言だったが彼女はふんふん、とうなづいていた。
「最近、キレイになった?」
問いかけてみると、ふふと笑われたので、なんだか恥ずかしいことを聞いてしまったと思い、私はぷい、と前を向いた。
「ボールになったら、さ、こんな、坂、転がってすぐ、落ちていくね」
先ほどの質問にはとくにコメントをせず、
彼女は私の後ろについて階段を一段一段跳ねるように歩いた。着地を確実にしたいのか、膝をよく曲げてまた伸ばしているから、遠くから見たらギクシャクして見えるんじゃないかな。彼女の頭の上から太陽が照らした。私は後ろを振り返りながら足早に歩いた。
「そんな転げ落ちたら危ないよ。それに私が追いつけないよ、転んだら嫌だし」
少し素っ気ない返事をしてしまった。
「そうかなあ」
そういうと彼女は走り出した。猛スピードで階段を駆け下りていく。あっ、と言っても私も駆け出す。でも私は走るのが遅いんだ。肩からかけた鞄がずり落ちる。かけ直す。汗が一筋流れたのがわかった。走る。走る。
階段を下りきったところで彼女が振り返った。またにんまりと笑っている。
「わたし、お母さんになるの。もうあっという間にお腹が膨らんでまんまるになるの」
あ、そんなストーリーだったのか。彼女のキレイには、母になる覚悟が透けていたのか。私はなんと言っていいかわからず、弾んだ息でにんまり、を返した。
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