another story

1/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

another story

「はーい、始まりました。もう一つの物語。アナザーストーリーのアサトがお送りします!」  マスクで顔半分が覆われた男の顔がアップで映る。いつものYouTubeの定例生放送。高校生のハヤトは、平日は部活があってヘトヘトなので、土日のこの定例生が楽しみのひとつだった。  近い近いw、とコメントはしょっぱなから大盛り上がりだ。 「え、今日はちょっと初の実況を始めようと思います! あーごめん、ごめん。僕のこのうつくしー顔をみんなに見せたくてさ」  確かに目元は切れ長できゅっとした眉は漢らしい。でも、鼻からしたは見えない状態では、イケてるかどうかまではわからない。 <出た。ナルシスト> コメントを放つと画面の向こうへと飛んで行った。  リアルで知っている人物ではないが、ハヤトはこのYoutuberが好きで番組登録までしている。自分としては、旧知の仲のようなものだ。 「あ、ナルシストって言ったやつ、即退会させるからねー! ナルシストだったら、顔全部出してるから! ちょっと間違えただけじゃーん」  その他大勢もナルシストと書いているが、自分のコメが読まれたようで嬉しい。Youtubeでは生放送だと多少タイムラグが生じるが、アサトはこのラグを扱うのがうまく、コメントへの返答がスムーズだ。Youtubeではアカウント名も出るため、ピックアップされると小躍りしたくなる。  かわいいーと、おそらく女性ファンからのコメントが殺到する。 「はーい、そんなこんなでいくよ。久々の企画実況もの。これって、Youtuberの中でも初じゃないかな。ジャジャーン!」  アサトが何やらノートのようなものを掲げる。 「日記帳!」 <日記帳実況!?> <え? アサトの?> <ここまでくると、むしろ清々しいな>  いろんな声が入り乱れる中、ハヤトもドキドキとしていた。新しい企画ものでアサトが外したことはない。 「えー。これは、お父さんの日記帳です。え? 俺の? まさか! 日記帳つけるように見える?」  確かにー! と言う同意コメが弾幕の如く流れてくる。 「うちのお父さん、真面目でさあ。几帳面なの。でも、今回特別に見せてくれるらしくて」  そう言って、分厚いノートの1ページ目を開く。単行本のような赤いハードカバーが印象的だ。 「ほら! これ、俺が生まれた時から始まってるの!」  一番初めのページには、まだ目も開いていない赤ちゃんの写真が貼られていた。 <唐突の顔出し!> <顔バレまったなし!> <可愛い!> 「可愛いっしょ! こっから、俺が大きくなるまでずーっと書いてあるんよ。すげえよな」  写真をなでながら感慨深そうに呟くアサトは、ハヤトよりも少し年上くらいかなと踏んでいる。さすがに働きながらできる頻度ではないくらい配信しているので、おそらく大学生だろう。 <4、5年くらい前か>  ちょっと目立ちたくて、みんなとは視点の違うコメントを放つ。 「これね、俺も最近見つけて。そうそう、4、5年くらい前ね。って、俺の歳がバレるわい! どうでしょうねー。何年前でしょうねえ」 (拾われた!)  思わずガッツポーズを出す。今度はハヤトのコメントだと明確にわかる。こそばゆくくすぐったい。 「じゃあ、早速始めるよー。えー、4230g。でけえな。男の子が無事誕生。アサトと名付ける。絶対に最後まで守り通す、そんな存在だ。ヤバイ! クサイ! こそばゆい!」  確かにちょっと恥ずかしいほどの言い回しだが、アサトは嬉しそうだ。 <愛されてるねー> <守り通すってかっこいい!>  初日は、アサトの誕生から1歳までをお父さんの日記帳を読みながら追っていく。時折コメントでツッコミつつも、ドキュメンタリーみたいで悪くなかった。アサトの父親はマメな性格なのか時折写真もあり、ただの朗読でなかったのもよかった。何より、アサトの幼い頃の成長物語であることが、ガッツリファンにはよだれモノの企画になっている。 「じゃあ、今日はここまで。当分はこの企画続けてくから。コメント、チャンネル登録よろしくね。じゃあ、また見てくれよな! シーユーアゲイン!」  アサトが片手をあげるのと同時に、配信が終わる。  ハヤトはヘッドフォンを取ると、麦茶を取りに階下に降りて行った。 「お、ハヤト、勉強は捗ってるか?」  リビングに入った瞬間に陽気な声がハヤトの足を止めた。ダイニングで父親がご飯を食べていたらしい。思わず舌打ちすると、父親が眉を下げる。質問には答えずにスルーしてそのまま麦茶を取りに行く。 「はは。そうだよな。忙しいよな」  少し寂しそうに父親が背中を向ける。今度こそ、本当にイラついて、冷蔵庫のドアをバタンと乱暴にしめた。  なよなよしていて、気弱で、子どもにさえ強く言えない。幼い頃はそんな父親に懐いていたような思い出もあるが、今ではうざったいばかりだ。息子が何に興味があるかも知らないクセに、干渉されるなんてまっぴらごめんだ。部屋のドアを開けてそのままベッドにダイブする。 (アサトのお父さんはどんな人かな……)  きっと豪快で男らしいに違いない。ハヤトはそんな空想をしながら、いつの間にか眠りについた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!