another story

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「ハイ、今日もやってきました! アナザーストーリー。夜のおともにいつでもどうぞ。アサトがお送りします」  アサトのお父さんの日記帳が始まってから2週間。すでに日記の中のアサトは6歳になっていた。 「今日から小学生編だね。俺さあ、小学校の頃、虐められててさ。お父さんが、助けてくれてようやくおさまったんだ」  え……。  いきなりのカミングアウトに、ハヤトもコメント欄もシーンと静まる。 「まって、まって! そんな深刻になることないから! 俺、今ではこんなにたくさんのリスナーに愛されて、涙チョチョギレてるのよ」  よよよっと泣くアサトの姿がコミカルで、やっとハヤトもコメントも息を吹き返す。 <私はアサト大好き!> <イジメほんと最悪。地に落ちればいい> <じゃあ、お父さんはヒーローだね>  あ、そのコメント良いって思った時には、もう遅い。 「だから、気にしないでね! あ、そうそう、君のいうとおりヒーローなのよ、オレにとってお父さんて」  負けた。競争してるわけでもないが、悔しさに唇を噛み締めてしまう。俺だって、アサトのお父さんはカッコいいなって思ってたのに。 「4月8日。今日はアサトの入学式。どうしても仕事の都合がつかなかったので、朝、庭でツーショットを撮った。いつのまに、こんなに大きくなったのか。ランドセル似合っている」  アサトのお父さんの日記は、日によってバラツキがあるが、3行程度の短いものが多い。端的にまとめているその言葉はそっけないが、アサトのことばかりだ。 「ちょっと飛ばすね。4月18日。アサトとトマトを植えた。アサトが小学生になったら、ずっとやろうと思っていたことだ。トマトが大きくなるにつれ、アサトの世界も広がっていく」  アサトが生まれてから6年も立っているが、お父さんのカッコつけた言い回しは衰えることがなかった。いつも失笑が漏れるが、名言も多くて、令和の名言集なんていって、アサトのお父さんのセリフを集めて、Twitterで公開しているリスナーもいる。 「そう、それで、問題はここからね。6月10日。アサトが大きく傷がついたランドセルを持って帰ってきたらしい。気に入っていた大切なランドセルだ。不用意につけたにしては、大きな傷らしい。なにを聞いても黙っているという。不安だが少し様子を見よう」  始まった。  リスナーたちはコメントを打つのも忘れ、アサトの話に聞き入っている。ハヤトもキーボードに手を置いたまま、固唾を飲んでアサトを見つめていた。  日記帳に書かれる事態は、日が経つにつれ、深刻さを増していく。  ノートが破れていた。上履きがなくなったらしい。服が泥だらけで、体操着で帰ってきた。髪が坊主に──。 <おいおい、そこまでいったら、障害だろ?> <何それ、許されるの?> <ヤバイ、聞いてられない>  あまりにもな内容にコメント欄が吹き荒れる。 「アサトは見せてくれないが、アザもあると思う。明日、アサトと話すことにする。こっからだよ、みんな」 <お父さん!> <お父さん、アサトを助けて!>  皆の気持ちがヒートアップしていく。 「7月20日。学校に直談判しに行く。先生はのらりくらりとしていて話にならない。直接、授業をさせてもらうことにした。命の話だ。医者である私の話は先生にも生徒にも響いたと思う。この肩書きがようやく、アサトの役に立った」 <医者!?> <まじ?> <サラブレットじゃん>  ハヤトも驚いた。口も頭も回るとは思っていたが、医者の息子なら頷ける。 「そうなのよ。うちのとーちゃんお医者さんなのよ。それで衝突したこともあったけどね。この時は助かったなあ。何しろ、うちの父さん、でかい病院の医者だったから。イジメてた奴らがビビるビビる」  医療系のドラマが流行ってた頃でもあったのも良かったらしい。親は医者で、自分は有名YouTuberでって、どこをどうしたら、そこに行き着けるのだろうか。 「はーい、今日はここまで。次はあとの小学生時代すっ飛ばして、中学に行こうか。ここも結構ドラマがあるよー」 <お父さん、カッコ良かった!> <ドラマより面白い!> <また次も楽しみにしてるー> 「はーい、また来週。アサトでした! コメント、チャンネル登録頼んだぞ! シーユーアゲイン!」  プツリと配信が停止する。ハヤトはヘッドフォンを投げ出すと、ベッドに寝転がった。 「ハヤトー。入るぞ」  ノックもなしに、ハヤトの返事も聞かないうちに部屋のドアが開けられる。 「ざっけんな! 誰が開けていいって言ったよ!?」  ベッドから飛び上がると、ドアノブを持ったまま父親が固まっていた。二重顎で細め。それをまるっきり受け継いだ俺。いじめがなくなるどころか、父親を見たクラスメイトからさらにからかわれる始末だった。  人生は不平等だ。 「す、すまん。次の、旅行の日程を、相談しようと思ってな」  目に見えてビクついているのがわかる。思い切りゴミ箱を蹴飛ばした。 「いかねえよ。金だけ置いてけ」  毎年毎年、家族旅行で仲良しごっこだなんて、反吐もでやしない。  パタンと閉じたドアに向かって、思い切りカバンを投げつけた。  今ではひっそりと過ごしているので、いじめられてはいない。けれど、悪気なく部活の後片付けや戸締りをチームメイトは押し付けてくる。  another story。そのYoutubeチャンネルを見つけたのはたまたまで、そのタイトルに惹かれた。チャンネルの内容はあまりタイトルと関わりないが、アサトが面白くて見続けている。  親は医者で、イジメから助けてもらった。  自分にもこんなanother storyがあったら良かったのに。もう一つの物語。いつもそれを探している気がする。
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