父さんとの旅路

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「……い、いいわけないだろ? あんた、正気か? ……その人……もうとっくに死んでるじゃないか!? 」  お巡りさんは血の気の失せた顔のまま、途切れ途切れに震える声で、よりいっそうの世迷いごとを口走ってくれる。 「はあ? 何言ってるんですか? 父さんが死んでるわけないでしょう? 死んでる人が話たりしますか? ねえ、父さん? ……ほら、父さんも変なこと言われて怒ってるじゃないですか!? 」  妄言を吐くお巡りさんに僕は眉根を寄せ、父さんにも相槌を求めるが、やはり死人扱いされた父さんも大変ご立腹だ。 「お、おい……あんた、本気でそんなこと言ってるのか? その死体…いや、もうミイラと言った方がいいな……さっきから何も話てないし、目も開いたままだぞ!? 皮膚だって完全に乾いてカチカチじゃないか!?」  だが、お巡りさんは父さんの声も無視して今度は父さんをミイラ扱いだ。 「父さんがミイラ? ハハハ…何言ってるんですか? 確かに父さんは乾燥肌だし、体も硬くなって動かないですけど、見ての通りピンピンしてますし、こうして僕と旅行にだって来れてるんですよ? ねえ父さん?」  もはや怒りを通り越し、呆れ笑いすら出てきてしまう。父さんも「そうじゃ、そうじゃ」と抗議しているが、この声が聞こえないのだろうか? 「人間のミイラを連れてる客がいると聞いて来てみれば……まさか、ほんとの話だったとは……あんた、いつからそれ…いや、お父さんは体が動かなくなったんだい?」  それでも、まだ言うかというしつこさでお巡りさんはぶつぶつ呟いた後、少し優しげな口調になって、今度はそう尋ねてくる。 「いつから? そうですね……確か、数年前に言うことを聞かない父を、仕方なく一週間ほどベッドに縛りつけておいた頃からですかね。いやあ、まったく父は何から何まで僕が面倒を見てあげないと駄目な人でして……」  なぜ、そんなことを訊いてきたのかよくわからなかったが、その質問に父とのこれまでの日々を思い起こすと、僕は図らずも顔を綻ばせてそう答えた。                        (父との旅路 了)
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