父さんとの旅路

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 廊下を歩いて行く途中、大きなガラス戸から中庭を覗うことができたが、中央の池を囲むように奇岩や樹木が配された、回遊式のなかなかに風情のある日本庭園だ。後で父さんも連れてきてやろう。  そんな庭を見る限り、どうやら良い宿に当たったようである……ただ、廊下を行く間も、終始、女将さんはチラチラとこちらを振り返り、僕ら親子に警戒とも疑念ともとれる視線をそこはかとなく送ってきていた。  お客としてはあまり気分のよいものではないが、これもまあいつものことだ。一々気にしていても仕方がない。 「お風呂は庭の反対側の別館、お夕飯は六時にお運びします。それでは、ごゆっくり……」 「ありがとうございます……父さん疲れたでしょう。今、茶煎れるよ」  監視するような目を向けつつ女将さんが下がってゆくと、僕は父さんを座椅子に下ろし、テーブルの上に用意されているお茶のセットで緑茶を二人分用意した。  そして、父さんの頭巾とミトン手袋を外してやると、目の前に茶碗と、一緒に置かれていた温泉定番の甘いお菓子を置いてやる。  普段からそうなのだが、父さんは何から何まで僕がやってあげなくては駄目なのだ。  若くして母が亡くなり、ずっと僕との二人暮らし。前々から家事全般は僕の担当だったが、数年前に脳梗塞で半身動かなくなってからは、本当に何から何までこんな感じである。 「さあ、父さん、お茶が入ったよ」  茶碗から上がる白い湯気が、皺だらけの顔にかかる父さんに向って僕はそう促す。  だが、せっかく煎れてあげたというのに、父さんは「いらない」と言ってまるで手をつけようとはしない。  まただ。こうやって人の親切を無碍にする父さんの偏屈である。  もとからこうした偏屈なところのある性格だったけれど、やはり体の自由が利かずにイライラにするためか? ここ数年で特にその偏屈はひどくなった。  僕だって人間なので、時にはそれに我慢の限界を迎えることもある。  ある時なんか、あまりの偏屈に我慢がならず、怒りを爆発させると言うこと聞かない父さんをベッドに縛り付け、しばらく放置するという折檻を行ってしまったこともあった。
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