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「いやあ、どうも、こんにちは」
恥ずかしいところを見られたと思い、僕は苦笑いを浮かべてそう挨拶したのであるが、するとみんな決まって、急に視線を逸らすとまるで見ていなかったかのような素振りを演じてみせる。
そうか……あの人達も父さんの覆面のことが気になる反面、じろじろ見ちゃいけないと思っているんだな……別にそんな特別扱いせず、もっと気楽に、普通に接してくれればいいのに……。
「そろそろ行こうか、父さん。もうじき夕飯だし」
じろじろ見られるのは父さんも嫌がるだろうし、他のお客さん達に気を遣わせるもなんだか居た堪れなかったので、僕は父さんをまた負ぶると、部屋へ戻ることにした。
それからほどなく六時となり、部屋には豪勢な夕飯が運ばれてきた。
山間にある温泉地ではあるが、海も近いために美味しそうな山海珍味が盛りだくさんである。
「……あのう、まだ他に何か?」
「……え? ああいえ、それではごゆっくり……」
配膳が済んでからもその場に留まっている女将さんと中居さんは、僕の言葉に一瞬の間を置いてからお辞儀をし、慌ててそそくさと部屋を後にしてゆく。
だが、彼女達の好機の眼が父さんに向けられていたのは明らかだ。
やはり人目を嫌がるので、父さんは今も覆面と手袋を着けている……それがどうしても気になるのだろう。
「それじゃ父さん、ご馳走になろうか」
女将さん達が出て行くのを待って父さんの覆面と手袋を外すと、ようやく僕らは今夜の晩餐を親子水入らずで開始する。
「いやあ、どれも美味しいね。特にお刺身なんか最高だ!」
その料理は見た目の通りとても美味しかった。
女将さんをはじめ、従業員達の態度はけして好ましいものと言えないが、その他はやはり良い宿と評価しても間違いないだろう。
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