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しかし、そんなご馳走を前にしても、父さんは「わしはいらん」と言って手をつけようとはしない。
こんなに美味しいのに、もう一度、「せっかくの料理だし食べなよ」と促してみたが、「わしは目で楽しむ趣味だ」と、いつもの偏屈で食べようとしないのだ。
ま、父さんは偏屈な上に頑固だし、食べないのもいつものことなので、これ以上言っても無駄であろう。
こんなに食べないで体に悪いと思うのだが、それでも特に変わりなくいるので、この生活様式が父さんには合っているのかもしれない。
「けど、たまにはしっかり食べた方がいいよ? ……ん?」
それでも駄目もとでそう最後に促してみたその時、僕は異変に気付いた。
窓の外に人影が見えたのだ。
僕らの部屋は山際すれすれに位置しており、その窓はそちら側に面している。
そのため、人に覗かれる心配もないため、ガラス窓の内側に付けられている障子は明かりとりに開けられていたのだが、すでに日も落ちて薄暗くなったその外に人型をした影が見えたのだ。
宿泊客が入り込むような所でもないのに、いったいなんだろう……?
不審に思い、僕は席を立つと目を凝らしながら窓の方へと近づいてゆく。
「……誰かいるんですか?」
そして、窓の外の夕闇を覗いてそう尋ねると。
「うわああっ!」
突然、大きな男の悲鳴が聞こえた。
「……!?」
その声に僕も驚き、わずかの間を置くと慌ててガラス戸を開けて左右を見回す。
すると、薄暗がりの中を転がるように逃げてゆく人物の、青い法被を羽織った後姿が微かに見えた。
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