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父さんとの旅路
「――ごめんください。予約した孝山ですけど……」
「ああ、孝山様、ようこそお越しくださいました。ど…!? ……あ、ああいやあ、どうぞ、ごゆっくりしていつてください……」
とあるひなびた温泉街、予約していた宿に入ると、僕らの姿を見た女将さんがあからさまにギョっとした表情で挨拶をした。
慌てて取り繕ってはみせたが、驚きと警戒感を抱いたことは見ればすぐに知れる。おそらくは、僕が担いでいる父さんの姿に度肝を抜かれたのだろう。
今、僕の背にいる父さんは、小袖に長い半纏を羽織り、脚には股引に靴下というほぼ和装であるが、その頭にはすっぽり黒い頭巾をかぶり、両の手にもミトンの手袋を嵌めている。
皺くちゃな上にガリガリなその外見を他人に晒すのが嫌だと煩いので、外出する時にはこのような格好をさせているのだ。
そのくせ、遊びに行きたいとも主張するため、時折、こうして僕が旅行に連れてきていたりもする。
だから、女将さんのその反応にも特に衝撃を受けるようなことはない。そんな父さんを見た人々の反応にはもう馴れっこなのだ。
「あ、あの、こちらを書いていただきたいのですが……お疲れでしょう? どうぞ、お父様にはあちらのソファをお使いになっていただければと……」
「ああ、大丈夫です。慣れてますし、こう見えて意外と父は軽いんですよ……」
受付カウンターでチェックインをする際、女将さんがそれとなく気を遣ってそう言ってくれるが、僕は手を振って断ると父さんをおんぶしたまま用紙に記入した。
そのお心遣いは大変うれしいのだが、逆に一旦下ろすと、また担ぐのがむしろ大変なのである。
「で、では、お部屋はこちらになります……」
そうしてチャックインを済ませた僕らは、まだ動揺の残る女将さんに案内されて自分達の泊まる部屋へと長い廊下を進む。
父さんは静かな場所が好きなので、なるべく奥まった部屋を頼んでおいたのだ。
ひなびた温泉街ということもあり、幸いお客は少ないらしく、宿の中はいたって静かである。
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