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俺は道路わきの縁石の上を、バランスを取りながら歩いていた。
自慢になるが、運動能力は結構高い。仲間内では、"リーダー"すら及ばないだろう。その能力を有効活用した、ちょっとした仕事もしてたりする。ある目的のための仕事とはいえ、常に金欠の俺にとっては、おいしい仕事だ。
「親父が金を入れてくれりゃ、いいだけの話なんだけど、ね」
俺のうちは、親父と二人の父子家庭。母親については、いっさい覚えていない。近所に住む、長い付き合いのおばちゃんによれば、ある日、忽然といなくなったらしい。その頃の俺はまだ1歳か2歳。親父も、当時はまじめで明るく評判のいい好青年だったとかで、親子3人、それこそなんの問題もなく、楽しそうに暮らしていたという。なので、母親が突然いなくなったことに、誰もが驚き、かどわかされたのじゃないかと騒ぎになりかけた。が、それを止めたのは親父だった。親父は理由がわかっているみたいだったが、なにも言わなかった。そのうち、口さがない連中が、男と逃げたんだ、とか言い出した。貧乏長屋に似つかわしくない、美人で品のいい女性だったから、やっかみがあったのだろう。けれど親父は、否定も肯定もしなかった。
そうして親父は、今の、四六時中ムスッとして、無気力で、酒飲みの無口な男に変わっていた。
俺は、ぐうたらでほとんど会話もしない親父しか知らないから、そんな昔話を聞かされても、別の家のこととしか思えない。母親のことも、写真も形見(死んでないと思うけど)すらないから、本当にそんな存在の人がいたのか疑ってしまう。ゆえに、恋しいと思ったことがない。
「俺は、その点、薄情なのかねー」
全く覚えていない存在を、恋しく思うのは難しい。ダメ親父との二人暮らしが日常で、きれいだという女の人が加わるという生活は、逆に異常に思える。
(現状に、たいした不満がないしな)
縁石から思いっきりよくジャンプして降りる。今晩も体は軽い。絶好調だ。
△△のエリアに近づいた。
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