流れ星に願う?

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流れ星に願う?

30分程度話し一通り羽純という生徒のイメージを掴んだところで、そろそろ話を切り上げようと思い、残っていたコーヒーをいっきに飲み干した。 「お姉ちゃん。」 幼い女の子の声が聞こえた。小学校低学年くらいの女の子がドアの隙間から顔を出していた。 「りんちゃん?先生来ているから後で。」 「気にしなくて良いよ。」 羽純は私を一瞥して軽く頭を下げた。 「どうしたの?」 「あのね、今日お星様見に行きたい。」 「急にどうしたの?そんな時間ないわよ。忙しいし。」 「学校のお友達が流れ星に3回願いを言うと、願いが叶うって聞いたの。今日はお星様がよく見える日だから絶対願わないと損だって!」 「馬鹿らしい迷信を信じていないで部屋に戻ってなさい。」 羽純は妹の発言をばっさりと切り捨てた。その小さな女の子は悲しそうな顔をしてドアから離れた。 「先生、すいませんでした。」 「いや、気にしなくて良い。妹さんのお願いを断ってしまって良かったのか?」 「時間は有限です。そんなお願いが叶うだなんて迷信を信じている暇があったら勉強とか仕事をするべきですよ。」 私は角田羽純という生徒の置かれている状況を鑑みて、この発言は仕方ないものと思った。親が亡くなっており妹と2人暮らし。祖父母の年金で、なけなしの援助を受けて暮らしている。羽純がそんな発想になるのも無理はないだろう。普通なら小学生低学年の女の子のお願いを無下に断ることもないし夢を打ち砕くような言い方もしない。これは、現実を見せつけられ辛い日々を送ってきた1人の女の子の姿である。親を失った喪失感も人一倍持っているのだろう。羽純には暗い影が見え隠れしていた。 気休めでも良いから私は何か希望に繋がる話ができないかと考えた。しかし、理屈が通っていなければ、このクールで現実主義な羽純に共感を持ってもらうことは難しいだろう。さて、どうしたものか・・・? 「角田さん、流れ星に3回願うとその願いが叶うっていうのは、迷信ではないと思うよ。案外正しいかもしれない。」 「先生、何をおっしゃっているのですか?そんな訳ないでしょ。思いが力になるとか精神論やスピリチュアルな話は止めてくださいよ。嫌いなので。」 「思いが力になるか・・・まあそんな話とも言えるが、最後まで話を聞いてくれよ。これが終われば学校に戻るからさ。」 「まあ少しくらいなら。」 「流れ星って実際どれくらいの確率で見ることができると思う?普通に生活していて夜空を見た時、流れ星が流れてきたなんてこと実際にあるかね?」 「ないですよ。まあ、そもそも星が流れてこなければ、星に願いを叶える機会も訪れないので永遠に願いは叶いませんね。」 「そう、願う機会を得ること自体がとても貴重なのだよ。じゃあ、仮に夜空をずっと見ていて流れ星が偶然流れてきたとする。星が見えている間に3回も願うことはできると思うかい?」 「不可能ですね。流れ星が流れてくるのに1秒もかからないでしょうから、現実的に言えて1~2回といったところでしょうか?」 「そうだね。」 「先生、何が言いたいのですか?そもそも流れ星に3回も願うことができないから、願いが叶わないということでしたら、やはり迷信ということではないですか?」 「違うよ、じゃあ、無理やり流れ星に願い事を3回言うとしたら、どうしたら良いと思う?」 「そうですね、天候を調べて流れ星が流れやすい時間を徹底的に調べあげた上で、最新機材も揃えて流れ星を見逃さないようにしますね。」 「それだけで流れ星に3回願うことができると思うかい?」 「・・・あとは、そうですね。前日はよく眠っておきますかね。観測中に寝てしまったら流れ星に気付けないですし。」 「うん、だいぶ良い答だと思う。しかし、まだ不十分だよ。たとえば、そもそも流れ星なんて見たことない訳だから知識がなければ流れ星が流れても、それが流れ星であると気付けないかもしれない。あるいは、願い事を極力短いワードにした方が良いだろう。長い願い事ではどれだけ工夫して意識していても流れ星が流れている間に願いを言うことはできないからだ。」 「先生、結局何を言いたいのですか?」 「要するに、流れ星に願い事を3回言うという行為は非常に難易度が高い行動なのだ。それを実行するには常にそのことを考えていないといけない。様々な方法や状況を想定しないといけない。突然流れ星が流れてきても良いように、常に頭でその願い事を言えるようにしないといけないのだよ。」 羽純が息をのむ音が聞こえた気がした。私はもっと簡潔に話すことにした。 「私は、『流れ星に願い事を3回願うことができれば願いが叶う』のではなく、『それが実現できる程の人間であれば、願いを叶えることができる』ということだと思うのだよ。そしてそれだけ強い思いを心に満たしている人間は、その実現の為に努力も怠らない。だから、迷信でなく案外正しいのではないかと思うのだよ。」 「・・・ふふ、言葉遊びですね。」 「私の真剣な言葉をそんな風に言わないでほしいな。」 軽口を叩く羽純の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。 「夢!看護師!」 羽純は突然大きな声を出した。 「先生、この長さなら願い事を言えるかしら?」 「もう少し短い単語の方が良いかな?」 「私、病気や事故で苦しむ人を助けたいです。そして、その家族も助けたい。そんな人になりたいのです。」 「頑張りたまえ、応援しているよ。」
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