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 その夜、二人はいつものように固い床の上で身を寄せ合って夜の冷たさをしのいでいました。 「なあ、グレーテル。」 と小さな声でヘンゼルは呼びかけました。 「なあに、お兄ちゃん。」 グレーテルは、何が何だか良く分からなくなってきました。大好きだったお父さんとお母さんに捨てられるということが現実のこととは思えなかったのです。しかも捨てられることが分かっていても、小さくて柔らかい心の中には、お父さんとのピクニックを楽しみにしているもう一人の自分がいました。 「グレーテル、ここを逃げよう。今すぐ。」 「何言ってるの?お兄ちゃん。真夜中だよ。今外に出たら狼や盗賊に襲われちゃうよ。それに逃げてどこに行くの?街は怖い病気がたくさんあるんだよ。」 ヘンゼルは真剣な表情でグレーテルを見つめました。 「森の中だ。」 「ええ!!無理だよ。こんな真夜中に森の中に行くなんて、怖い・・・。」 「グレーテル、今逃げなきゃ明日にはどうせ捨てられる。明日出かけるのも、今日逃げ出すのも同じだよ。」 「でも、でも・・・。私、最後にパパとピクニックに行きたいの。明日、捨てられるんだとしても・・・・お兄ちゃん。私、パパとママに捨てられるのなんて嫌だよ。なんで、パパとママは私を捨てちゃうの?そんなの。ヤダよ。」 今にも泣きだしそうな妹に向かって、ヘンゼルは無理やり笑顔を作りました。ヘンゼルも心の中ではお父さんとピクニックに行きたい気持ちでいっぱいでした。 「グレーテル、俺たちは捨てられるんじゃない。自分たちでこの家を出ていくんだ。な?チャンスは今しかない。パパたちが起きてきたら、絶対に逃げられないぞ。黒死病が収まるまで、森の中で暮らそう。なに、ほんの少しの辛抱だよ。」 「お兄ちゃん、それなら・・・せめて、帰り道が分かるように。目印をつけながら、歩いて行こうよ。」 ヘンゼルはゆっくりと、でもきっぱりと首を横に振りました。 「ダメだ。戻ってきたって、何も変わらないぞ。それにもし、赤ん坊が生まれたら、俺たちはどうなる。殺されるかもしれないぞ。」 「うう・・・分かったよ。でも、森の中って、どこに行ったらいいか分からないよ。」 「大丈夫、俺は何度もパパに連れられて、木を伐りに行ったから。目をつぶってたって歩いて行けるさ。絶対に見つからないところを知ってるんだ。」  ヘンゼルとグレーテルは手をつないで、森の中へと足を踏み入れていきました。夜の森は昼間の森と何もかもが違っていました。闇に目が慣れるまでは、どこに何があるかさっぱり分からず、目をつむっていても歩いていけると言っていたヘンゼルも、果たして自分が知っている道を通っているのかどうか、少し自信がありませんでした。森のどこからか、フクロウの羽音や狼の遠吠えが聞こえるたびに、この小さな兄妹はビクッと身を震わせ、肩を寄せ合うのでした。 「お兄ちゃん…もう無理、怖いよ。パパとママのところに戻りたい。」 「そんなことを言うな。大丈夫だ、グレーテル。俺がついてるからな。」 ヘンゼルは懸命に妹を励まし続けました。妹に声をかけていると、不思議と自分の中の恐怖が和らいでいくような気分になりました。  と、その時、グレーテルが暗闇の中でヒクヒクと鼻を動かしだしました。 「ねえ、お兄ちゃん。なんだか良い匂いがしない?」 ヘンゼルも確かに、甘く香ばしいスパイスと果物とチョコレートの匂いが闇の中に感じました。 「本当だ・・・。でも、どうしてこんな森の中で。」 とヘンゼルが言った時、示し合わせたかのように、二人のお腹が同時にキュルキュルと鳴りました。 「お兄ちゃん・・・、行ってみようよ!きっと、食べ物があるんだよ。」 ヘンゼルは迷いましたが、飢えには勝てませんでした。日頃から、ろくなものを食べさせてもらっていない上に、夜中歩き続けてヘトヘトでした。 「よし!俺の手を離すんじゃないぞ。」
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