魔王なのに頼りにしてる

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「あぁーっ、もう少しなのに。」という言葉とガチャンという施錠音をのこし力尽きたのは、あと三ヶ月で誕生日を迎える二十九歳独身女。口だけは達者で仕事のしない上司や、物静かで人知れずミスを連発し仕事を増やす後輩に囲まれながらも必死に生きている。「少しくらい報われても良さそうなんだがな。」 背中の冷えと痛みを感じた花岡美麗は目を覚ました。最初に目にした玄関の天井に向かってため息をつき、またぶっ倒れたのかと起きあがり時計をみる。時刻は六時。お風呂に入る余裕があることに安堵し浴室へ向かった。いつもは憂鬱な朝も今日は特別だ。華金の仕事帰りに幼なじみと約束をしている美麗は、今日はマスクをしないでちゃんと化粧をしようと意気込んでいた。しかしここ最近マスクをして最低限の化粧で済ませていた美麗はこの時気づいていなかった。そして化粧をしようと鏡にうつる自分の顔をみて驚愕した。「肌が汚すぎる。」声に思わず出してしまうほどの衝撃を受けた美麗はそっとマスクを着けていつも通りの支度をした。朝の良い気分は一瞬で吹き飛び、いつも以上の憂鬱な状態で出勤した。幼なじみとの予定をキャンセルし現実を見ないために残業までこなした美麗は、またベッドまでたどり着けず眠りに落ちた。 「おい。」重低音が心地よい声が聞こえた気がしたが、残念ながら私の家に男はいない。ついにここまで達したかと遠くにあった意識を手繰り寄せ目を開けた。 「ぎゃぁぁぁあああ!」美麗の叫び声は生きてきた中で最も響き渡った。「なぜ叫ぶ。」無駄にいい声の主は問いかけたが、口をパクパクさせるばかりの彼女から答えが返ってくることはなかった。 美麗は混乱していた。自分の身に何が起こっているのかも現実か夢なのかもわからない。なによりも目の前にいる、このニキビの名札付きの魔王がどこから現れたのかも全てが謎だ。もうツッコミどころが多すぎて、目を閉じて重低音の声だけを聞けばタイプだとしか言えないほどだ。一人でぶつぶつと言っている美麗に魔王は話をし始めた。 「本来ならば部下を派遣するのだが、この私が直々に赴いたのは、お前が強く私を呼び寄せたことが前提としてある。だから私はお前の生活を魔界から覗いてみたのがそれはもう可哀想で仕方がなかった。」と哀れみの目を向けられた。魔王に対して、この無駄にいい声さえなければ耳を貸しもしなかったのにと心の中で毒づいていると、つきましてはとの声が続いた。 目覚ましのけたたましい音が鳴り、時刻を見れば昼だった。やっと休日が来たかとホッとしながら洗面所に向かい、歯磨きをしているうちに脳が覚醒してきた。その時「おい。」とどこからか聞こえてきた。そして私は鏡の中の無駄に良い声の主と目があった。そしてそいつは言った。「最近、キレイになった?」と誰かに言わせてやると。
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