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空を夢見る少女
—-----プロローグ
「…おはよう、ございます。」
— — — —
放った言葉に対して何も返事は帰ってこない。
いつもなら父が横でパソコンをカタカタ打ちながら返事してくれるのだが
最近はその頻度も減っていっている。
「…」
少女は少しだけ悲しそうな顔をしてベッドからゆっくり降り始めた。
だからといって特にやる事はない、少女が暮らしているその部屋は真っ白に塗られていて、窓はない。
家具といった物は少女が横たわっているベッド、定期的に入れ替わる本が雑に数冊置かれている本棚、以前は飼われていたのか、何も入っていない鳥かごが1つ。
そしてこの部屋に似つかわしくない程の銀色で作られた大きな機械仕掛けの扉、近づいてもこちらから開くことは出来ない。
少女が起きて暇な時間にする事といえば窓際でボーッとしたり、鳥かごを観察したり、置かれている本を何度も読み返すだけだった。
ただ、少女にとってはそれが”普通”のことだった。
小さい頃からずっとその生活で生きてきた為、何も不思議には感じていない。
普通のこの年頃の子は朝起きて、小学校に行き、勉強をして友達と遊んで、帰って家族とご飯を食べ、お風呂に入って寝るんだろう。
そんなありふれた日常は少女にとっては無い。
少女にとっては今暮らしている場所、その空間だけが少女が知っている世界の全てなのだ。
本で知り得た情報、父に教えてもらった情報、それが少女の知識の全て。
時計も無いこの部屋で。彼女はまた眠りについた。
-----
「おはようございます」
「ん…んん…」
「もう朝ですよ、起きてください」
「むぅ…あ、朝…おはようございます…」
「はい、おはようございます」
眠たい目を擦り、大きく伸びをした後。
ベッドからモゾモゾと降りて入ってきた白衣の女性に挨拶を交わした。
最近は、父と会ってない。
いつもの毎日なら起きると扉から父がやって来て、共に食事を済ませた後
自分の倍近くも大きさがあるカプセルに体を入れ、全身をケアしてくれた後、言葉や算数その他情報を教えてもらい、点滴やボディチェック等をしてもらい再び食事を済ませ、ベッドに入る。
自分の部屋から1歩も外に出る事無く、全て自分の部屋を中心に1人、孤独に物事が動いているのだ。
物心付いてから数年は毎日そうした生活を過ごしていた、少女にとってはそれが”普通”と思っていた。
ただ、ここ数ヶ月はいつもと違う。
いつもの見慣れした父の顔ではなく、見知らぬ若い男女が入れ替わり、父の代わりの作業をしてくれる。
その事に少女も初めての違和感という物を覚えてた。
「…ねぇ、パパは?」
「すいません、お忙しくて」
「…パパに会いたい」
「すいません。」
少女は父の存在、所在について聞いてみるが全て軽く交わされ、幼子特有の泣いて抗議等もしてみたが全て効果がないまま部屋から出ていった。
そんな日常が数ヶ月も続くと少女は流石に慣れ、その日常に従うしかなかった。
父に会えない不安、少しずつ変わリ始めている日常、そんな不安定な気持ちでも。
少女にとっては、もはや救いとも呼べる物があった。
それは本棚に置かれている数冊の本。
本を読んでいる時間だけが、少女を本の世界に連れていってくれる、現実世界を忘れさせてくれる逃げ道みたいな物だ。
何冊も読んでいるうちに自分の住んでいるこの世界は普通ではない世界だとなんとなく少女は気づいていた。
ただ、その疑問を問いただす相手もいない、正解不正解も分からない。
あまり難しいことは考えない様にしていた。
色々な本を眠くなるまで熟読し、眠くなったら寝て、起きて、いつもと同じ生活へと戻る。
少女にとってこれが普通の生き方なのだ。
-----夢
そんな生活を過ごしている内に、少女の心にわずかな夢が出来た。
世界を見てみたい。
少女がその事を思う様になったのは、ある朝本棚の中身が全て変わっていた事から始まる。
少女にとって本が新しくなる事だけが唯一の娯楽、楽しみになっていた。
それしか彼女にとっての逃げ道、現実逃避の術がないからだ。
変わっていることを確認すると彼女は嬉しそうに適当な一冊に手を伸ばした。
その本が、少女の心を大きく揺さぶるキッカケとなる本だった。
内容自体は、どこにでもよくある王子様が囚われたお姫様を救い出す王道的な作品。
文章自体も子供向けに作られており大人の目からは到底良い作品とは言えないが、少女にとっては十分魅力溢れる内容の本だった。
「(姫!必ず救い出します!この命に変えても!)」
「(王子…どうか、どうかこの世界から…!)」
「(安心してください!絶対貴方を連れ出してあげましょう!)」
「(あぁ、どうか御無事で…!)」
劇中のセリフを見る度に、少女は例えしがたい感情に浸っていた。
「わぁ…!」
外の世界はこんなにキラキラしてるんだ、
かわいい、こわい、すごい、かっこいい
そんな感想を、見るたび都度思い浮かべるが、一番魅力的だったのは後ろに書かれている背景。
カラフルな世界、たくさんの色が使われており、見たことない生き物、建物、見たことない色彩溢れた景色。
自分と同じ様な部屋にも沢山の色が使われている。
何度自分の部屋と見返したことか。
この白に覆われた無機質な部屋を。
外の世界へはこの扉の先にあるのだろうか、
私にもあんな王子様と出会えるのだろうか、
見てみたい、自分の知らない世界を。
新しい世界を。
何度も部屋の扉に立ってみても、叩いてみても反応はしない。
この大きな鉄の扉の向こうに、新しい世界への始まりがあるのに。
(どうして、わたしだけ…)
自分の無力さ、どうしようもなさに悲しくて泣きそうになるが、何度挑戦した結果、泣いても無駄だと分かっていた為大人しく自分のベッドに戻って毛布に包まり、再度本を読み始める。
時には涙交じりで。
少女はもう半ば諦めていた。
いつか、自分も、そんな世界に行けるのだろうか、外の世界の空気、音、景色。自分の中と答え合わせがしてみたい。
沢山の妄想を膨らませながら
少女は夢の中へ
-----転機
本の出来事から数日経過した時、その日の朝も以前と変わらない暮らしを過ごしていた。
少女は変わらず熟睡したまま。
寝相が悪いのだろうか、毛布が地面に落ちて少し寒そうにしている。
機械的な音がする。
扉が開いた音だ。
(…もうそんな時間か…)
ご飯の時間だ、少女は眠い目をこすりながら扉の方に目を向ける
「久しぶりだね、」
低い男性の声で発せられた言葉に寝ぼけ眼は一気に覚め、少女はとても嬉しそうな表情をしてベッドから飛び降りる。
「・・・パパ・・ッ!」
走った勢いのまま父に飛びつき、まるで長年会っていなかった遠距離の恋人と会うかのごとく一方的に、しがみつく様に抱きしめた。
「ずっと顔を見せられなくてごめんな、パパも忙しくて」
そう言う父の言葉を遮る様に
「ぜんぜん大丈夫!」
少女がそう言うと
「寂しくなかったかい?」
「うん!」
「そうか、君も成長したな」
「うん!」
「偉いぞ、パパも鼻が高い」
そういって父は少女を自分の抱えてる上からゆっくりその場の地面へ下ろした。
「あのね!あのね!パパ、沢山お話ししたい事があるの!」
自分が読んでいる本の話、外の世界の話、沢山喋りたくても頭の中で整理ができない状態の少女の会話を遮る様に父の口から言葉が出る
「いいかい、今からパパは大事な質問をするから、よく聞きなさい。」
少女の頭に手のひらを乗せ2、3往復撫でるようにした父は自分の3分の1ほどしかない身長の少女に目線を合わせるように膝を折り屈みながら口を開く。
「明日からパパと外の世界で暮らすのと、このままパパと変わらずここで過ごすのとどっちがいいかい?」
少女は誰がみても理解していないような表情で、自然と首を横に傾ける。
父はそれを分かっていたかのように続けて口を開く
「多分、君は今パパが何を言っているか分からないと思うが、これから君は一人の女の子としてパパと暮らす事になるかもしれない。今の世界とは違う世界が待っているんだ」
「ちがう…せかい?」
少女の中では本を読んでいた頃に思い描いていたキラキラしたカラフルな世界、たくさんの色や見たことない生き物、建物、色彩溢れた景色が頭の中でフラッシュバックしていた。
「そう。今より沢山の事を君には知ってもらいたい。色々な景色、人との繋がりや社会の仕組み。難しい事を言ってるかも知れないが、パパと暮らしていく内にいずれ分かるようになるさ。」
再び少女の頭に手を乗せて撫でた後、優しい表情を見せた父の顔を見て少女の口が開く
「今よりも、沢山のせかいが見れるの?」
「あぁ、沢山の世界を見せてあげよう。今目に見えるモノが全てじゃないんだよ。」
「そっか…」
その場で少し俯く少女、無音の時間が続く。
秒数にして10秒も掛からない時間だがまるで世界の時が止まったような静けさが辺りを作り出す。
長い沈黙を経て口を開いたのは父だった。
「勿論、嫌なら断っても構わない。今と変わらない毎日をこれからも過ごす事になる。
新しい世界が全て幸せとは限らないし、辛いことも沢山これから君の身に降りかかる事にもなるだろう。ここで過ごしていれば、何不自由ない生活が十数年は保証される。」
その言葉に妙な心残りがある、言葉に嫌味があるような言い方をしているが間違ったことは言っていない。
確かに今のまま過ごせば変わらない生活、少女にとって苦になるものは何一つも無い。
同じ日々の繰り返し。
だけど、それでいいのだろうか。
「…あのね、パパ」
少女は俯いたままゆっくり喋り始める。
「ん、なんだい?」
父は何を言っても全て受け止めてくれるような暖かい表情で、俯いている少女には見えてはいないが優しく見守っていた。
「わたし…前に本をよんでね、その中にね…キラキラしたせかいが書いてあって、空って本当にあおいのかなって。
みどりがいっぱいの場所にも行ってみたい…わたしと、パパいがいの人たちにもあってみたい、わたし…そんな、せかいに行ってみたい。」
「…そとに、行ってみたい!」
その言葉と同時に顔を上げて父と目を合わせる。
父は優しく暖かい表情で、少女と目を合わせお互い抱きしめ合った。
「分かった、じゃあ今から準備しなきゃな。」
「うん!」
抱きかかえながら父は少女がいつも寝ているベッドに運び、ベッドに座らせるように少女を降ろし、再び目線を合わせるように姿勢を下ろしながら喋りかける。
「これから、君には名前を付けないとな。」
「なまえ?」
<名前>
それは物や人物に与えられた言葉のことで、対象を呼んだりする際に使われる。
本来であれば生まれた段階で自分を産んだ母親や父親等が家族というグループに自分を招き入れる為、自分という存在を確立する為、名前は決まるのだが少女は生まれてから今この瞬間まで誰からも名前で呼ばれたことがない。
少女はそれで生きてきた。
「・・・わたしはわたしだよ?」
その通り。
彼女は自分という存在を名前で呼ばれたことが無い為、わたしはわたし以外何者でも無い。
わたしは私なのだ。
少女には、名前が無い。
-----空を夢見る少女
「これから君に付ける名前は、君が君らしく。
一人の人間として成長する為に、パパからの願いも込めて付ける名前だ。」
-そう言うパパの顔は優しくもあり、瞳の中の真剣さが伝わってきて私には見せたことのない表情をしていた。
「ねがい…」
-私にはイマイチ理解ができていないが、嫌だと言う理由もない。
-パパが付けてくれるなら。
「それに、名前が無いとこれから色々不便だしな。」
-その言葉を言いながらパパは自分の胸ポケットに手を伸ばして手帳とボールペンを取り出した。
「ちょっと待ってなさい」
-パパはその場で手帳に何かを書き始めた。
-おそらく私の名前を書いているんだろう、私の名前。
-名前・・・
「これが、君の名前だ。」
あおば はるか
--------青葉 春花--------
「あおば、はるか?」
「パパの名前は青葉 蓮というんだ、だから春花はパパと同じ、家族として青葉という苗字が付く、春花というのは君の名前だ」
「はるか…」
-はるか、これが名前というのか、青葉春花。
なんとも言い表せない不思議な感覚。
「なんでこの名前にしたかは、春花が大きくなったらパパに聞くといい。そしたら教えてあげよう。
今の春花には難しいかもしれないからね」
-春花、青葉春花。
-まだよく分からないけど、嫌じゃない。
-だって、パパがつけてくれたんだもん。嫌な訳ないもん。
「わかった!わたしは、私は青葉春花です!」
-そう言った時、パパの表情はすごい嬉しそうな顔をしていた。
-私も嬉しいよパパ。
-そう言うと私の名前が書いてある手帳の部分を切って、私にくれた
「大事に取っておきなさい、これが君を、青葉春花という一人の人間だと示す物になる。」
-そう言いながら私に私の名前が書いてある切れ端を渡してきた。
-大事に・・・あ、それなら
「じゃあパパ、これ持ってっていい?これに入れておきたい!」
少女は座ってるベッドから手を伸ばし本棚から一冊の本を手に取り出した。
その本は少女が夢を見るキッカケ、それを現実にしてくれた本だった。
「あぁ、いいよ。それに閉まって、大事に取っておきなさい」
そう言いながら父は少女の頭を再度撫で、口を開いた
「じゃあ行こうか、春花。
これから新しい生活が待ってるぞ、パパと一緒に頑張ろうな」
父は立ち上がり少女に向けて手を伸ばした。
少女は本で読んだ王子様がお姫様を救い出す内容と頭の中で照らし合わせながらも全然違うことに一人クシャッとした笑みを浮かべてその手を取った。
「ん?何を笑っているんだ?」
「なんでもないよ!あとでお話しするね!いっぱいパパと話したいんだ!」
「そうか、パパも春花と沢山話がしたいよ」
ベッドから降りて手を繋ぎ、扉に向かう二人は
まるで本当の親子のような光景だった。
-----エピローグ
キラキラした世界。それは夢ではなかった。
辺り一面カラフルな色で覆われている。青、緑、茶、赤、黄色、色彩溢れる色が使われている。
匂いも色々な匂いがある。緑が作り出す匂い、風が吹いた時に連れてくる匂い。
全てが新しい。少女にとっては目に見える景色1つ1つが新しい。
空は青く、雲の白さも見てて気持ちがいい。
鳥が1羽飛んでいる。
少女のこれからを見守るように空を飛んでいる。
カラフルな、キラキラした世界で。
====続く
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