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塾に行った晴彦は、22時くらいまでは家に戻らないだろう。私はコンロの火を消すと、自室に向かった。
エプロンを脱ぎ、鏡台の前に座る。ここからは父親ではなく私個人の時間だ。
引き出しから口紅を取る。妻が使っているのと同じ真っ赤な口紅。
今でも妻がこれと同じものを使用しているかは分からない。
妻に関する情報は私の古い記憶の中にしかない。
彼女の仕事の規定上、連絡も取れないし会うことも許されていない。写真さえ一枚も残さなかった妻と会うにはこの方法しかない。
鏡の中の妻が私を見つめ返す。もちろん、本物の彼女ではない。赤い口紅を引いた男がそこに写っているだけだ。
私の妻は魔女であった。
彼女に会えるとき、それは私が一人前の魔女になったときだと言う。
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