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結局カレーが完成したのは父さんが帰宅する直前だった。最後のひと味で向井と貴橋が散々に揉め、俺の「別にどっちでもいい」発言が火に油を注ぎ、自宅のキッチンなのに退散せざるを得なかった。
玄関に鍵の刺さる音がした。ドアの開閉音とともにスーツ姿の父さんがリビングに姿を見せる。
「おお、いい匂いだな」
三人は急にかしこまったように「こんばんは!」と頭を下げた。「今日はどうもありがとう」と返す父さんに「今日も格好ええですね!」「ほんとに若いなあ」と向井と貴橋が無遠慮に近寄っていく。
「ごめんなさい、お仕事帰りなのに無理やり押しかけちゃって」
ネクタイをゆるめている父さんを見上げながら映実が言った。
「いやなに、楽しみにしてたんだよ。俊の友達が来ると聞いていたから」
にこりと笑った父さんに「ホンマですか!」と向井が声を上げる。だからどうしておまえはそんなに遠慮がないんだ。
「高見が毎日弁当作ってるって聞いてビックリしたんです。弁当は親が用意するもんやと思てたから」
「私も。サトコも自分で作ってるし見習わなきゃなって思って」
急に肩を落とした二人に父さんは笑って言った。
「食事は毎日のことだから面倒なこともあるけど、自分の作ったものを誰かに食べてもらえるのは幸せなことだよ」
上着をハンガーにかけると「腹が減ったな、君たちの力作を食べさせてくれるかい」と父さんは言った。三人は目を輝かせて「ハイッ!」と返事をする。
誰かに食べてもらう幸せ、なんて考えたことなかったな。父さんはいつもそう思ってるのだろうか。
皿を並べている俺に父さんは言った。
「俊も手伝ったのか?」
「まあ、芋の皮むきとか」
「久しぶりに見たな、こんなでかい鍋」
あの空手バカが持ってきた、と答えると「母さんもそうだったな」と笑って言った。
「食べきれない量を作っては困ってる人だった」
まあ最後は父さんが食べるんだけどな、と言ってカレーの入った皿を運んでいった。三人はまたしても座る場所で揉め、父さんが仲裁に入る。自分の家なのに合宿場みたいな騒がしさだ。
「うまいやんかー!」
「うんサイコー!」
向井と映実が自画自賛するのを父さんは楽しそうに眺めていた。俺は一口頬張って、母さんのカレーを思い出そうとした。俺の隣に座る母さん、どんな顔だったかもはっきりと浮かばない。
思い出すのはちょっとスパイスの効いた、シンプルな父さんのカレーだった。
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