真琴と鏡のつくも

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 私の家に代々伝わる手鏡がある。  つつましく咲いた白菊と艶々とした黒が美しい漆塗りの手鏡は、おばあちゃんのおばあちゃんがお嫁に行くとき持たされたという、いわゆる嫁入り道具だった。  手鏡は大層大切にされ、母から娘、時にはお嫁にいらしたお嬢さんへと受け継がれ、めぐりめぐって私の元へやって来た。  たいていはお嫁に行くときに手鏡を受け継いできたようだが、昨今は若者の恋愛離れが囁かれるわ晩婚化が進むわ、そのせいかどうかはさておき、母が私を産んだ歳をこえても恋愛の一つもしない私を心配、もといせっつくつもりで実家から郵送されてきた手鏡はいわゆる付喪神だった。  長い年月を大切に使われてきた道具には魂が宿るというのはファンタジー小説なんかでよく聞く話だが、身近にこんなことが起こるなんて思いもしなかった。  しかも声が男の人だし。鏡の付喪神って綺麗な女の人のイメージだったのに。 「いや、俺もあんなにキラキラした目の女の子がこんなくたびれた女になるとは思いもしなかった」  そういえば、母が使うこの手鏡がうらやましくて何度か手に取った覚えがある。小さな頃は今以上に夢見がちだったのだ。痛し痒しの思い出だ。 「くたびれた女で悪うございましたね」  鏡置きに立てかけた手鏡を睨むが、映るのは私のニキビ顔なわけで。  改めてちょっと悲しくなる。  私だって白雪のような女の子に憧れていた。  日差しに透けるような肌に艶々の髪。淡い色のワンピースを着て微笑みながら歩きたい。そして素敵な人と出会えたらきっと幸せなのだろうと。  けれど現実はこうだ。  ニキビで赤黒くなったリンゴ顔。ニキビでボコボコする頬や額を隠したくて伸ばしっぱなしの髪に俯きがちな猫背。オシャレやお化粧をするのだって烏滸がましい気がして無難で味気ない格好ばかり。すすんで恋愛する気にもなれず、もちろん素敵な人なんて現れもしない。  なんと虚しいことか。 「……恋愛はともかく、せめてお肌はどうにかならないかなぁ」  長年のコンプレックスを解消できればもうちょっと前向きになれる気がするのに。 「寿美礼も言子も毎日熱心に手入れしてたなぁ。あの頃の俺とくれば口も利けないただの鏡だったが」  しみじみと母と祖母の名前を呟く手鏡に、ああ、やっぱりキレイな肌って努力の賜物なんだなと思う。  母も祖母も肌が白くキレイな人だ。  母は艶やかな真珠肌で実年齢よりもずっと若々しいし、祖母も年を重ねるごとに皺を刻みはしたがシミ一つない美しさだ。 「私も頑張ればキレイになるかなぁ……」  頬に手をあて考える。  こんな私だって、一応努力していた時期がある。  念入りに洗顔してみたり、ちょっと値が張る化粧水を使ってみたり。  けれどあまりにも成果が出なくて心が折れた。  そのくせ、いまだに『キレイな私』というものへの憧れを捨てきれないでいる。  理想と現実にうんうん唸っていると、手鏡があっと声を上げた。 「なら俺が指南しようか? 伊達に女の手鏡やってないぞ」 「ほんと⁉」 「おう、驚くほど綺麗にしてやる」  自信満々な声に思わず飛びつく。 「嘘じゃないよね、揶揄ってないよね⁉ 乙女に夢見せると後が怖いよ⁉」  期待を裏切られた乙女は危険物と同義なのだ。そこんところ理解していらっしゃるのかしら。  じりじりと迫れば手鏡は悲鳴を上げた。 「おいこら、本当だから! 本当だから必死の形相やめろ、そっちのほうが怖ろしいわ!」  かくして、手鏡と私の美肌改革が始まったのだ
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