真琴と鏡のつくも

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 美肌革命運動開始から数日。 「見て見て、つくもさん! 頬の赤みが引いた!」 「おお、いい感じだな」  美肌革命運動開始から数週間。 「あ、すごい! つくもさん、最後のニキビが消えた!」 「でかした真琴! よくやった!」  美肌革命運動から一ヵ月。 「つくもさん、どうしよう。お肌がツヤツヤのスベスベなんだけど。嘘みたい。夢だったらどうしよ」 「嘘でも夢でもないぞ。毎日頑張っていたからな。当然の結果だ」  つくもさんの誇らしげな声音に本当のことだと実感がわいて、キャーっと声を上げてしまう。  手鏡に映る私の顔は以前とは見違えていた。  頬を手のひらで包めばモチっと吸いつき、指で押せばツヤの輪が現れる。  あんなに煩わしかった頬の赤みも、恨めしかったニキビも何もない祖母や母譲りの肌理が整った白い肌だ。 「ありがとう、つくもさん。あなたのおかげだよ……」  つくもさんがやって来て、きちんと肌の手入れをするようになって私の生活はがらりと変わった。  以前は仕事から帰った後は疲れてダラダラしがちだったが、化粧を落とすという目的ができてそのまま寝落ちることがなくなった。おかげでちゃんとご飯を食べる時間もできたし、朝あわてることがなくなった。  ニキビを隠したくて伸ばしっぱなしにしていた髪を切ることができたし、化粧のりのよくなった肌のおかげでお化粧が楽しくなった。  憧れて買ったはいいが、ずっと着れずにいた服に袖を通すこともできたし、あんなに億劫だった外出が楽しくなった。 「なんだかね、前よりずっと豊かになった気がする」 「自信がついたんだろうな。俯かなくなった」 「ほんと?」 「うん」  穏やかに頷く声につい口元が緩んでしまう。  つくもさんと出会って色んなことが変わったが、私の心情もその一つ。  私はつくもさんが好きだ。  つくもさんは口が悪いけど優しい。  案外世話焼きで頑張ったら褒めてくれるし、成果が出れば一緒に喜んでくれる。  恋愛経験0のチョロい女と言われたらそれまでかもしれないが、こればかりは仕方ない。  人じゃないし手鏡だし、黙ってしまうと何を考えているかも分からないが、それを差し引いてもおつりがくるくらい好きになってしまったのだ。  幸いなことに、初めての気持ちながら今の私には恋心を楽しむ余裕がある。  彼が人ではなく手鏡だからだろうか。どこにも行かない、行けないと知っているからだろうか。  ねえ、あなたはどう思う? 「……つくもさん、私ね」 「うん?」  漆塗りの柄を緩く握り、鏡面の縁をそっとなぞる。  伝えてみようかと考えて、勇気がなくてやっぱりやめる。  かわりに悪戯心で聞いてみた。 「私ね、最近、キレイになった?」  茶化されてしまうだろうか。  なんて答えてくれるか分からなくて、目を伏せてしまう。  ついさっき、俯かなくなったって言ってくれたばかりなのに。  やっぱり人間そう簡単には変わらないのだろう。  自嘲ぎみに笑えば、手鏡を持つ手にふと誰かの手が重なった。  私の手よりも大きな青年の手。夢か幻かとも思ったが確かに暖かい。  戸惑っているうち腰に手をまわされ、背後に人の温度を感じた。 「え、あの、……え? まさか」  傾けた手鏡に映るのは、驚く私と初めて見る青年で。  青年の顎がちょんと肩の上に乗る。 「真琴はずっと前から綺麗だ」  知らない顔がよく知っている声で囁き、微笑んだ。
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