0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
僕の願いはたった一つ。
君と共にありたい。この感情を隠し通せますように。
*
今日はペルセウス座流星群が見られるらしい。それを知ったのは仕事から帰った夜八時の事だった。
一番の見ごろは十時。
僕はスーツからTシャツ、ジーンズ姿に着替え、缶ビールとスマホだけを持ち、外へ出た。
今日は仕事で煩わしいことがあったんだ。たまにはこういうのもいいだろう。
閑静な住宅街から、五分ほど歩けば土手がある。
周りに明かりがなく、星を見るにはぴったりだ。そう思ったのはどうやら僕だけではないらしい。
土手を上がれば人だかりができていた。学生、カップル、親子連れ。
案外大イベントなんだな。そう思いながら、彼らと少し距離を取り、ビールの缶を開ける。生暖かいビール。だが、その雰囲気はどこか祭りめいていて気分が高鳴った。
「涼真くん?」
柔らかな声に振り向けば、幼馴染の早紀がいた。
彼女もまた僕と同じくラフな格好で。きっと、物見雄山に来たのだろう。
彼女が髪を耳にかけた。俯いた早紀は綺麗で、それでいて、左薬指には婚約指輪がはまっている。
「旦那は?」
僕がおどけて言うと早紀は照れ笑いを浮かべる。
「道の途中で佐久間のおばあちゃんに捕まっちゃって」
「あー。あのばあさん話長いもんなぁ」
「もうすぐ来ると思うよ。こんなところで会えるなんて、宏樹も喜ぶと思うな」
僕はビールに口を付ける。
宏樹は親友、早紀は幼馴染。二人は僕を通じて知り合った。
二人が付き合い始めた当時、葛藤がなかったと言えば嘘だ。だが、今は二人の幸せを願っている。己の心を隠しながら。
「友達百人出来ますように!」
あまりに大きな子どもの声に思わずそちらを向く。その声を皮切りに周りにいた子どもたちも口々に願いを叫び始めた。
元気がいい。良いことだ。
穏やかな気持ちで微笑み、空を見上げる。
きらり、と星が落ちていった。早紀はそれを指さし年甲斐もなくはしゃぐ。
「落ちたよ!見た?」
「見たよ」
僕は呆れたように笑う。早紀はそれでも瞳を輝かせ、空を見つめている。僕はそれを見ていた。
ふっと早紀の視線がこちらに向く。とっさに目を逸らすこともできず、彼女と目が合う。にっこりと笑う早紀。
「涼真くんは何をお願いする?」
「へ?」
「流れ星って言ったらお願い事でしょ」
当然だというような早紀の口調に僕は少しばかり考える。
願いといっても、お金が欲しいとか、彼女が欲しいとか。だが、それも格好がつかない。
僕は問い返す。
「早紀は何を願うんだよ」
「宏樹と共に幸せな人生を歩めますように」
早紀は迷いなく答えた。僕は小さく笑う。
「じゃあ、僕は『早紀と宏樹がずっと幸せでいられますように』だな」
彼女は照れ隠しに僕の背をはたいた。
土手の下から階段を駆け上がってくる人影。早紀の顔が華やいだ。彼は僕に気づくと大きく手を振る。
「おお、涼真!久しぶり」
「宏樹。元気か?」
「まあまあだな。涼真は?」
「まあまあだな」
僕はビールを一気に飲み干す。
「じゃあ、僕は行くよ」
「え。せっかくだから話そうぜ?」
宏樹の言葉に笑って返す。
「せっかくだから二人で楽しめよ」
僕は二人の声を背に土手を降りた。
最初のコメントを投稿しよう!