ペルセウス座流星群と放射点

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ペルセウス座流星群と放射点

「やあ。間に合ったね」  光の速度を超えて。空間と時間を歪ませて、男と女が降り立ったその先では、ペガサスを操る青年が数々の小隕石を引き連れて鎮座していた。  どこか銀河の彼方(かなた)から、鐘の音が響いていた。 「さあ、この小隕石に掴まっていて。もう時間がない、良く聞いて。  宇宙の塵(このこたち)と共に大気圏に入れば、その恒星(からだ)は欠片も残さず燃え尽きて、魂は地上へと(かえ)るんだ」  男は歓びに打ち震えた。   ──嗚呼。これで、願いが叶う……!  幾星霜、願い続けたことだろう。  それでも男にそれを実行する勇気などなかった。それ程に永遠の座は心地好い。肉体に左右されず悠久に存在することは、潮の満ち引きで出来た揺り籠で眠りに就くのに似ていた。時々みる妻の幻想を抱いて、男は甘んじてそれに身を委ねてきた。  男と女は顔を見れぬことを残念に思いながらも、その小隕石へと乗り込んだ。あとは待つだけだというペルセウスに、二人はほっと胸を撫で下ろす。  だが──、 「おっと、さすがは全知全能の妻。ダークマターの成す事は、やはり宇宙の法則が通用しないね」  星空のカーテンに、途轍(とてつ)もなく重いビー玉を投げつけたようにして現れた底の無いぬばたま。顔も何も無いただの真っ暗な穴が、突如として湧いて出た。強烈な重力を支配して、隕石が引きずられていく。存在する物すべてをただただ呑み込む永久(とこしえ)の装置。物質最速を誇る光でさえ、脱出することすら困難な深淵が、自尊心を(たずさ)え佇んでいた。 「まずい! 逃げろ‼︎」  ペルセウスがペガサスを(さお)立ちにして逃れる。事象の地平面は、はるか遠くにあっても、かの天体が持つ恐ろしさは未だ謎が多過ぎて、距離を取ることでしか身を守れない。 「嫌だ!」 「嫌よ!」  ……彼らは従わない。悲しみの中で少しずつ固められた夫婦(めおと)の決意はあまりに強く──そして深かった。  ズォズォと小隕石がいくつも呑み込まれていく中、女は一瞬眉根を寄せて悩み、その後には覚悟を秘めた瞳を(たた)えて、男の背から飛び出した。 「‼ なっ、何をっ⁈」︎  乗り込んだ小隕石の上で。  妻は腕を広げて夫を護る。  そして妻は、姿。 「会いたかったわ、貴方。  ずっと待っていたの。  本当に……会いたかった。  今夜を夢見て、此処まで来たわ。  今、やっと会えた……!  (わたくし)、もう二度と、貴方と──‼︎」  女の(からだ)が、恒星が、超新星爆発を起こすかのように(まばゆ)く光る。美しく(なめ)らかな柔肌の奥深くで重力収縮を起こし、白く瑞々しかった肌の表面に醜い亀裂が幾筋もはしっていった。 「やっ、やめるんだ!」 「ああ、なんて嬉しいのかしら。これでもう、貴方と離れないで済むのね……!」  迫る引力。のしかかる(せき)力。吸い込まれていく宇宙のさまざまな(くず)たち。彼らのしがみついた小隕石は速度を上げて、落ちながら引っぱられ、そして死に行こうとしていた。 「やめるんだ。お願いだ、やめてくれっ!」  乙女が祈るように崩壊していく。  男は崩れ行く星を押し留めんばかりに、女をしっかと抱き締めた。女も、最期、とばかりにひっしと抱き締め返した。 「こうすればきっと、貴方だけは助かるわ」 「やめてくれ頼むから! 俺はそんなこと望んじゃいない! 貴方も居ないと、意味がないんだっ!」 「嗚呼(ああ)、貴方。(わたくし)の貴方。(わたくし)はそれでも……幸せでした」  一体何がどうなろうとしているのか。  忽然と現れたブラックホール、流星にならんと待機している隕石、何も知らず公転してくる惑星、終末を迎えようと核融合する恒星。それらが、同軸に(ひし)めき合い、いま宇宙は混乱と混沌を極めている。  待ち望んだはずの抱擁は、だがしかし、別離をはらんで男と女を切なく燃やす。 「貴方を、心よりお慕いしております」 「やめろおおおおおっ‼︎」  鐘の音が聞こえる。  鐘の音が聴こえる。  星の訪れを告げる鐘。  刻一刻と近付いて。  流星群が降り注ぐ。  星よ、流れろ。  燃え尽きよ。  形ある命、その限り。  (おの)が存在を知らしめよ! 「うわああああっ!」 「きゃああああっ⁉︎」  喰らわんとし、落ちんとし、引き寄せんとし、崩壊せんとし──  一度に多くの現象が重ならんとせんが刹那(とき)、太陽系銀河は音も無く、ただ燦燦(さんさん)をしただけであった。
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