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「ねェ、牡丹」
「何よ?」
牡丹の返事はややそっけなかったが、わからない漢字をスマホで調べていた最中なのだったからしかたない。
「楽しかったわね、おとといは」
デッキチェアにゆったりと体をすえて、芍薬は、くふふ、と、笑う。
その笑い声のあまりにみちたりた様子に、牡丹もスマホを脇によけ、芍薬と会話する気になって同じようにした。
「そうね、あれから二日? 早いものね」
引越しの手はずがすっかりすんだおとといのこと。
双子の両親は東での最後のおもいでにと、友人隣人とのおわかれ会にと、一泊のキャンプを催してくれた。
疲れを残さないよう、出発の前夜をはずしてくれた取りはからいが嬉しかった。
誘いに誘って、総勢二十人ほどで近場のキャンプ場にて泊まり、遊びに遊んで、東の地での最後のいいおもいでになった。
特に忘れられないのが、夜におこなったキャンプファイアーだ。
森に囲まれたキャンプ場の真ん中。
今夜のように星の光が降り注ぐ夜空のもと、火を囲んで唄い、踊り、笑った。
もちろん美味しいものだってあった。
あわい翠色の曹達水が癒してくれた、夏の夜ののどの乾き。
キャンプファイアーの炎の恵みで焼いた、マシュマロの甘さ。
特にそのマシュマロは、甘味好きな小母さんが用意してくれた輸入菓子のとても美味しい物で、焼くと表面は狐色にさっくり食感、中はとろーりまっしろクリームのようで、うっとりするような美味しさだった。
「もっかい食べたいねェ。あのマシュマロ」
「南ならふつうにスーパーで買えるんでしょ? 楽しみ!」
「でも、食べすぎると太るかしら」
「いいじゃない、私達まだ一二才で育ちざかりよ?」
芍薬も牡丹も、幼い笑顔を見合わせた。
いちど伸びをして、また、短冊にむかってペンを動かす手を進める。
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