ポンペイ

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ポンペイ

 一番古い記憶は、紀元79年。  そう、ポンペイの街が一昼夜にして壊滅した、あの噴火の日だ。  俺は奴隷だった。剣闘士として日々ローマ人たちの暇つぶしに命を弄ばれていた。  大きな地響きとともに、闘技場の天井が崩れ落ちる。同時に壊れた牢を破り、我先に外へ逃げ出す屈強な男たち。その後へ続き、俺も外に出た。  外は地獄絵図と化していた。壁画の朱も鮮やかな美しかった街並みは、降りそそぐ噴石により見る影もなくなり、あちこちで炎をあげている。綺麗な服を着た者もボロをまとった者も押し合いへし合い、海の方へ向かっていた。石畳の道はあっという間に人で(あふ)れ、行くも戻るもできなくなった。  その人波の少し後ろで俺は立ち尽くしていた。湧いてきた気持ちは、せっかく自由になれたのに死ぬのかという悔しさ。恐ろしさより前に、悔しさが先にあった。 「誰か……誰か助けて」  助けを求める声はここに辿り着くまで無数に聞いたが、俺はなぜかその声の方を振り返った。そして揺れる地面を飛ぶようにして、声の主を探す。 「ここです。馬と馬車の間に……」  ここで彼女と出会う。  二頭だての立派な馬車で逃げる途中だったのだろう。そこに噴石が直撃し、運よく彼女だけ車外へ投げ出されたのはいいが、倒れてきた馬車と死んだ馬の隙間に身体が挟まって、動けなくなっていた。
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