プロローグ

4/4
前へ
/333ページ
次へ
 本当ならば、蛍夏としてはOと過ごした最後の一週間を誰にも話したくはない。あれは、自由気ままなOが、蛍夏のために唯一示してくれた強い想いなのだ。大切に仕舞っておきたいと思うのが乙女心というものだ。  けれど、それとは逆に、あの素敵な思い出を多くの人に知ってもらいたい。自慢したいという気持ちもある。  ただ――今もなお、蛍夏の心に残る色鮮やかな日々を、好き勝手に脚色し、身勝手な判断で省くような相手には話したくはない。  蛍夏の話を素直に受け止め、正確に伝えてくれる人にという条件付きではある。 「……記者さん。Oのファン?」  鞄から飛び出すパンフレットを指さし、小首を傾げる。虚を突かれたように目を丸くした記者は、次の瞬間、破顔した。 「はい! 偶然見かけたグループ展で、館山さんの作品を見た時から、ずっとずっと彼のファンです!」  記者は、鞄の中から数枚のフライヤーやチラシを取り出す。そのどれもが、大学のサークル仲間や、趣味の仲間と開催したグループ展のものだ。  無意識に口角があがる。私は記者の前に右手を差し出した。 「少し長くなりますが、よかったら近くのカフェでお話ししませんか?」 「え?」  驚いたような顔をした記者の目が、蛍夏の顔と手を何度も行き来する。蛍夏は声をたてて笑うと、彼の手を取った。
/333ページ

最初のコメントを投稿しよう!

141人が本棚に入れています
本棚に追加