<1・姫騎士、現る>

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<1・姫騎士、現る>

 一体何がどうしてこんなことになったんだ、と青島健一(あおしまけんいち)は思った。  目の前に、化け物がいる。頭の良い人間ならばここでもう少し“ネズミみたいな化け物”だとか“牛に見える化け物”だとか、具体的なものに例えてわかりやすく説明することもできるのだろうが。生憎脳筋を自称している健一に、そのへんの説明が上手くできる自信は全くない。  今日はグラウンドが昨日の雨で水浸しになってしまい、とても練習できる環境ではなかったので野球部の練習が休みになり。仕方ないので、友人達と雑談しながら帰路につき、少し前に一緒にいた数名の仲間と別れたばかりである。あまり人気がない、寂れた住宅街の億に健一の自宅はあった。いつも通る道だ。時折車が抜け道として使うことを除けば、特に治安を心配するような地域でもない。  だから、油断もなにもあったものではないのだ。  ましてやいきなりマンホールの蓋が浮いて、化け物が出現するだなんて――一体誰が想像できるというのだろう。ココは現代日本であって、異世界でもなければ漫画やアニメの中でもなんでもないというのに。 ――な、何あれ。何だよあれっ!  それは――強いて言うなら、泥の塊に見えた。  ずぶり、とマンホールの穴の中から這い出してきた灰色の怪物は、RPGゲームで見かける“スライム”に似ているといえば似ている。問題は、その全身に目玉のようなものが大量にくっついているということだ。人間の目玉、昆虫の複眼、犬猫のように見える小さな目玉に、それから得体の知れない闇の底のような真っ黒な目――それらが泥の塊の全身についていて、ぎょろぎょろと蠢いているのである。  気持ち悪い、どころではなかった。どことなく腐ったような異臭がするから尚更である。吐き気と恐怖で、健一は完全に腰が引けてしまっていた。逃げなければいけないとわかっているのに、十数メートル程度のその地点から目が離せない。座り込んでしまった足は、いくら健一が命じても動いてくれる気配がなかった。 ――よ、よくわかんねーけど、逃げないと……!  ずるり、ずるり、ずるり――その大きさは、中学二年生の男子としては少し大きい体格の、健一と同等のサイズがあるように思われた。全身を引きずり出したそいつは、無数に存在する目玉でぎょろんと健一を睨み据える。口があるようには見えないが、あれに襲われたら自分はどうなってしまうのだろうかと思う。あの目玉から光線でも出て焼き付くされるのか。それとも、あのスライム状態の身体を大きく広げて包み込むようにされて、全身の骨を粉々に砕かれたりするのだろうか。  どちらにしてもごめんだ。戦うことができないのなら、今すぐ踵を返して逃げるしかない。頭ではわかっているコマンドを、身体が全く実行してくれないのが最大の問題なのだけれど。
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