第二話

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 まだ俺が山形にいた最後の夏休み。毎年家族で見に行っていた地元の花火大会と、兄が彼女に誘われた、大規模な花火大会の日がかぶってしまったことがあった。  当然両親は、おららはいいがら、美里さんが誘ってくれだ方さ行ってぎなさいと言った。だけど兄は、彼女の方を断ったのだ。 『美里さん大丈夫だったのがよ?』 『よぐ言うよ、おらが行げねがもすれねって言ったら不貞腐れでだぐしぇに』 『だげど!』 『気にすんな、みさどはいづでも出がげだりでぎっからいいんだよ。それにおめ、毎年この花火大会家族で見に行ぐの楽しみにすてただべ?』   俺を弟としか思っていないから、家族思いの兄が、時に恋人より俺を優先してくれていたのはわかっている。それでも俺はあの時、死んでもいいと思えるほど嬉しかったのだ。 「東京とは全然景色違うべ?」 「ほんと、あたり一面田んぼと山だらげだな。んだげんと、なんか落ち着ぐのって、やっぱりここが生まれ故郷だがらかもな」 「だったらまだこっちに住むが?」 「それは無理」  15年会っていなかったとは思えない、変わらぬ優しさと何気ない会話。俺は自然と心が、高校生の頃に戻っていくような錯覚を覚える。  あの時、兄が結婚するのを心底恐れたのは、兄がどれだけ家族思いか知っていたから。結婚して家族になったら、今まで自分に向けられていた優しさすら、きっと全て彼女に注がれてしまう。  逃げた後も、ウリ専で未練がましく兄の恋人への呼び名を名乗り、兄の幸せを願うこともできなかった、最低で気持ち悪い弟。あの頃の自分と、今も結局何も変わっていない。  (こんな弟でごめん。でもやっぱり俺、あなたが大好きなんだ)  明日の夜には、また俺は一人、東京のマンションで普段の生活に戻っているだろう。  運転する兄の姿を横目で眺め、今確かに、恋い焦がれた男の隣にいれる幸せを噛み締めながら、俺は、こみ上げる愛しさに蓋をした。
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