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いっしゅん、映画のワンシーンかと思った。はたまた、犯罪行為の一部始終にもみえる。
そうなると、いまのわたしはさながら映画監督か防犯カメラのどちらかなのかもしれない。
セットはすべてオレンジ色。いつもはなんの変哲もないわたしたちの机や椅子は、永田くんの行為を際立たせるかのようにじんわりと夕陽をうけとめてドラマチックな演出に仕立て上げている。
最初、具合でも悪いのだろうかと思った。荒い息遣いにバスケットボールのごとく弾む肩。滑らかな曲線で描かれたくちびるは餌を強請る金魚より喘いでいる。
声をかけようとして止まったのは、永田くんがクラスの人気者で声をかけるのもためらわれるとか、わたしが永田くんに話しかけられるようなヒエラルキーに属せていないからだとか、そういうことを気にしたからではない。
永田くんは、自分で自分をよろこばせていた。よろこぶ、は、いつもLINEやなんかで使う「喜ぶ」ではなくて「悦ぶ」のほう。わたしがずっと、ひそかにいやらしい漢字だと思っていた「悦」。いまの永田くんはまさに「悦」を体現していた。
永田くんはすらりとした右の手で一生けんめいガーネットを磨いている。ふっくらとしてまるく、夕陽を浴びてきらきらと輝くガーネット。
ガーネットを磨きあげることに夢中で、わたしの存在には気づいていないようだ。まるで宝石職人のような熟練の動き。ガーネットが輝きを増すごとに、永田くんは興奮してくるようだった。
永田くんが声を出しはじめた。声音は女の子みたいに高くて、この二年C組の教室でいつも飛び交っている太い声じゃない。女の子がなにか物を落としてしまったときなんかにぽんと出る「あっ」。それが連続して発音されている。
わたしの心臓はようやく逸りはじめた。いまからとんでもないことが起こる。そう予感して。
小鳥のないしょばなしが聞こえてくる。くち、くち、くち、と、控えめな音が永田くんの声に重なる。永田くんの細めの腰はもうたまらないって感じで動いてしまっていて、右手の律動に合わせて椅子ががたがたと音を立てた。
「あー、出る。出そう……」
永田くんがとつぜん、そうはっきりと口に出した。おもむろに体の向きを変えたので、わたしの心臓がどっきんと膨らむ。
いま微動だにしてしまおうものなら上履きの底がキュッと音を立ててしまって、この世界観を壊してしまう。廊下の壁に隠れたい衝動を必死の思いで押し殺した。
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