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「……は?」
永田くんは一文字そういって、怪訝そうにわたしを見た。気味が悪そうな、きたないものでも見るような目つきで。
やっぱり、永田くんの本性は、あの日の永田くんのほうなんだ。
わたしはうれしくなった。
「栗原さんが知ったら、ショック受けると思うけど」
わたしのその言葉に、永田くんのくりくりとした目はたちまち見開かれていった。端正な顔立ちに驚愕と絶望と含羞がごちゃまぜになる。
永田くんがぼうぜんとしているあいだに、逃げるようにしてその場を去った。
やった。やってしまった。どうしよう。
心臓がばくばくしている。初めて教科書を忘れたこともみんなの前で恥をかいたことも栗原さんに辱められたことも、ぜんぶがどうでもいいことのように思えてくる。
爽快だったのは最初だけで、あとには後悔や不安だけがわたしのなかにのこった。あの日の行為をわたしに見られていたと知って、永田くんがどんな行動にでるか、見当もつかなかったからだ。
脅されたと先生に訴えにいったらどうしよう。あまりのショックに学校に来なくなったり、まかりまちがって、じ、自殺なんてしてしまったら。遺書にわたしの名前が書いてあったりしたら、それこそ人生終わりだ。お父さんは会社をクビになるかもしれない。お母さんは漫画をやめてしまうかもしれない。麦と紬まで、学校に行けなくなってしまうかも。
なんて取り返しのつかないことをしてしまったんだろう。だけど、いまさら後悔してもあとの祭り。
わたしはこの日、生物の教科書を何度読み返しても一睡もすることができなかった。
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