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 登校していのいちばんに心配したのは、担任の深山(みやま)先生が「永田くんが昨日、お亡くなりになりました」と神妙な面持ちで打ち明けるというシチュエーションだった。  けれど、本格的に心配しはじめる前に永田くんはふだんどおり橋本くんといっしょに登校してきたもんだから、わたしは心の底からほっとした。  つぎに心配したのは、永田くんが先生にチクりにいくんじゃないかということだった。だから、永田くんが深山先生と話しているのを見かけるたびに心臓がびっくんと膨らんで生きた心地がしなかったけれど、いつまでたってもふたりはへらへらと笑っていて、なんだ、いつものじゃれあいか、と最終的には判断した。  すると、今度はなんだか腹が立ってきた。  永田くんは、昨日のわたしの脅迫なんて最初からなかったか、まったく大したことないように振る舞っている。ものすごく大したことなのに。そんな態度でいられると、さらに追いつめてしまいたくなるじゃない。  こんなお調子にのったことを考えられるくらいすっかり油断しはじめた矢先、永田くんがついに動きだした。 「小泉さん。ちょっといい?」  その日の昼休み。永田くんは女子トイレの前でわたしを待ち伏せしていた。  お弁当を食べたあとで、わたしは大きいほうをしたくなった。だからわざわざ教室から遠い、あまり使うひとがいない視聴覚室近くのトイレまでやってきたというのに。わたしが用をたすまで待っていたなんて、クラスの人気者がやっていいことだろうか。  自分のことを棚どころか神棚くらいにまであげてそんなことを考える。  いろんな感情があいまって、わたしはまんまと動揺した。 「なっ、なに?」 「ちょっと」  冷たい声色でそうとだけいうと、永田くんはさっさと視聴覚室に入っていってしまうではないか。  重たい真っ黒なカーテンに覆われた教室。振り向きざまに永田くんに刺されるシーンを想像して、ぞっとする。  刺されないよう、慎重に距離をとりながら、永田くんの一挙手一投足に全神経を集中させた。  だから、永田くんがくるりと振り向いたとき、おもわず肩を跳ね上げてしまった。 「小泉さんが昨日いってたあれ。なんのこと?」  スモーキークオーツと黒曜石を練り合わせた瞳で、永田くんはわたしを見た。  警戒と軽蔑、それに、畏怖がにじんでいる。  ああ。  わたしの前で、そんな不安定な表情をしないで。
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