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「き……昨日って」 「いっただろ。教室であんなことしないほうがいいって」 「……ああ」 「栗原がショックを受けるとかなんとか」 「……うん」 「だから、それがなにってきいてんの」  永田くんは苛立っているようだった。苛立ちながら、おびえている。  なにを見られたかなんて、わかりきっているくせに。だからこそ、こんなところで話しかけてきたくせに。  そんなことをきくってことは、ごまかそうとしているってことだ。わたしみたいな地味でおとなしい生徒がはっきりというわけがないって。わたし相手なら言い訳なんていくらでもできるって、高を括っている。  わたしはすっと、冷えた息を吸った。 「永田くん、教室でオナニーしてたでしょ」  永田くんの表情から警戒と軽蔑が消え去って、畏怖だけが残存する。  そんな表情をしてしまったら、肯定しているようなものなのに。  そのことに気づけない永田くんは、軽率だ。 「……えっ」 「それから、出した精子を栗原さんの椅子に塗りたくってたよね」  永田くんはついに声を失った。  絶望する永田くんを前に、わたしは、あーそうだ。思い出した。あの液体、精子っていうんだった。と、ひそかにひざを打った。そのことを知ってから、生死も静止もなんだかいいにくくなってしまって、不便な思いをしていた。いま思い出せてよかった。  永田くんは最初、うまく否定しようとか怒ってやろうとか、そんなふうに葛藤していたようだった。  けれど、やがてそのすべてをあきらめたように重たいため息をついた。 「……なにが目的? 金?」 「へ?」 「それとも、おれとつき合いたいとかいうわけ?」  五月雨式に言い放ちながら口のはしを上げる永田くん。  こんなふうにひねたように笑う永田くんは、やっぱり教室では見たことがない。わたしの胸はいいようもなく高揚した。  永田くんは、わたしが黙っているかわりになにかを要求するつもりだとかんちがいしたらしい。  でも――そうか。この手があった。
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