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いまになって気づいたことがある。永田くんのガーネットの先端は、ずっとひとつの椅子に向けられていた。標的をロックオンするかのごとく、正確にまっすぐに向けられた銃口。
あ、と思う。
あの椅子は、栗原さんの席だ。まちがいない。栗原さんの席はわたしの席の右どなりだからよく覚えている。
永田くん、栗原さんのことが好きだったんだ。
人気者のとんでもないひみつをふたつも知ってしまって、興奮する。
そうこうしているあいだに、永田くんはラストスパートを迎えていた。ピアノの高音よりも切ない永田くんの声と、ないしょの域をはるかに超えた小鳥の話し声。
永田くんのラストスパートに合わせて、わたしもラストスパートしてくる。なにがってきかれるとわからないんだけれど、罪悪感とか優越感とか背徳感とか緊迫感とかがすべてごちゃまぜになって、わたしも永田くんのように喘いでいないと脳みそと心臓が酸欠状態になってしまいそうだった。
「あっ、あっ、もうだめ、出る、出すよっ」
透明人間と化した栗原さんに律義に断りをいれて、永田くんはガーネットからなにかを発射させた。
重い水分のような、ゼリーのようなもの。それが、数滴的を外しながらも栗原さんの座席に着弾した。
永田くんは、はっ、はっ、と荒い呼吸を繰り返すと、尊大なことをやり遂げたみたいにふーっと長く深い息をついた。机の上に置いてあったポケットティッシュからティッシュをわし掴むと、右手と萎んだガーネットを拭いていく。
かたくなな木の材質は永田くんの生み出した液体を受け入れることができず、ぷるんぷるんと所在無げにゆれている。小学生のときによく買った、ぷっくりシールを連想した。
永田くんは、おもむろに液体に手を伸ばした。
いったい、なにをするつもりなのか。息をひそめて見守っていたら、あろうことか指先で液体を椅子にこすりつけはじめた。まるで、栗原さんに液体をしみこませるみたいに、何度も何度も。ぐりぐり、ぐりぐり。
永田くんの横顔は、人気者をやっているときの永田くんとは別人のようだった。瞳が黒曜石より真っ黒。
上履きの底がキュッと鳴らないように全神経を張り巡らせながら、わたしはその場を立ち去った。
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